第一章

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「……」  保科先生は目を見張って私を見た。私はそんな先生を挑むように見た。  保科先生はなんて返してくるだろう。 「告白したんですか?」  保科先生の言葉にちょっと私は笑ってしまった。 「違いますよ。付き合っていた彼に振られたんです」 「そう、ですか……」  保科先生はなんて言っていいかわからないように黙った。 「でも、そんなにショックではないんです。薄情でしょうか?」  保科先生はそう言った私を知らない人を見るような目で見た。私の胸がズキリと痛む。 「……貴女たちの世代はちょうど変化の著しいときなのでしょうね。もう、私の知っている佐倉とは別人のようです。恋もして、恋人もできて、そして別れも経験してしまうなんて」  保科先生は複雑な顔で言葉を絞り出すように言った。 「私ももう大学二年生ですからね」 「そうですか。二年生になりましたか」 「先生は変わりませんね」  私の言葉に保科先生は苦笑する。 「私はもう老いていくのみですよ」  確かに30後半の先生は白髪が少し増えた気がする。でも、それ以外ちっとも変っていないように思えた。 「いいえ、先生は素敵なままです」 「佐倉がそんなことを言うのは珍しいですね。いつも私をけなしてばかりだったのに」 「子供だったんですよ」  私の言葉に、保科先生は寂しそうに笑った。 「大学二年生というと、何歳になるのかな」 「私は浪人してるので、二十一です」 「そうか。もう、お酒も飲める年なんですね」 「はい。先生?」 「なんですか?」 「また会いに来てもいいですか?」 「もちろんですよ」 「先生とお酒、飲んでみたいです」  私の言葉に保科先生はちょっと驚き、そして目を三日月のように細めた。 「以前の生徒と酒を酌み交わす。それはそれでよさそうですね」  先生の言葉に思わず安堵のため息が出た。 「よかった! じゃあ、また来ます」  時計は二十二時を回っていた。 「暗いから途中まで送りましょうか?」 「大丈夫です。バス停はすぐそこですので。先生、約束ですからね」 「はいはい」  私は飛び跳ねたいような気持を抑えて、バス停までの夜道を歩いた。
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