第五章

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第五章

 穴の底から一飛びの、爽快な上昇を期待したが、実際は上半身をエスタに預け、垂直な岩肌を歩くという、戦慄的かつ不格好なものになった。壁に点在するくぼみで休憩できなければ、脱出は不可能だったに違いない。リベラの痩躯(そうく)でも、少女が抱えて飛ぶには重すぎたのだ。    穴の縁に這いつくばって息を整えながら、昔話の真相も、実はこうだったのかもしれないと、リベラは思った。沼に落ちた村人を、エスタの祖先が助けようとしたが、力が足りなかった。最後の瞬間だけを見た別の村人によって、歪曲した事実が伝えられた……。  ついさっきまで朝だった気がするのに、もう日が傾き始めている。隣でへたり込んでいたエスタが、水を探さないとと立ち上がった。 「あっちに泉が……」  背後を振り返って指し示した茂みが――揺れた。    エスタに逃げろと叫んだが、遅かった。ばらばらと矢が降ってくる。咄嗟に顔をかばった腕を矢じりが掠めた瞬間、伸ばした足の上がどっと重くなった。エスタだ。右羽を射抜かれ、呻いている。 「リベラよ、仲間を呼んだのか? ただの背信者じゃなく、おまえ自身も悪魔だったってわけか」  弓を持った見回り衆を連れ、自身は斧を手に、姿を現したのは村長だった。赤い顔。痩せた胸の異様な膨らみ。歩幅の広さ。エスタの羽根を掴み、立たせ上げる手の勢い。共に暮らした経験がなくても、分かっただろう。彼は今、激怒している。 「――彼女は、悪魔じゃない」 「まだそれを主張するか。相変わらずの嘘つきめ」    鈍く光った斧が、エスタの右羽を付け根から切り落とした。   リベラは我を忘れて飛び起きた。その胸に、突き倒されたエスタが激突する。空洞へと傾く体を、立て直す力がない。   「最初からこうするべきだった」  虚空をかいた手が、考えるより先に、少女の腰の袋を取った。同時に激しい羽音を立てて、エスタが片翼で羽ばたき、もがく。    瞬く間に、空気が白く染まった。どよめきを耳にするや否や、リベラは叫んだ。   「おまえたちは『実り』を悪魔に捧げたぞ、馬鹿共め!」  穴の底に近づくと、凄まじい砂埃が舞った。そして全身を貫いた衝撃が、脱獄劇の終幕を告げた。
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