第六章

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第六章

 村長たちは、昨日もここへ来たのだろうか。墓穴を用意している自分を、見下ろしていたのだろうか。迂闊(うかつ)だった。助かる見込みのないものを、わざわざ見に来たりはしないと思っていた。    しかしもう来ないだろう。不吉な言い回しで叫び、村にはない白い粉を、意味ありげに撒き散らしたのだ。「悪魔」として。呪いの気配に、村人たちは近づかない。    動くか確かめようとした右腕が、何かに当たった。土の山だ。掘った土を集め、固めてあったのが、吹き飛ばされずに残ったらしい。皮肉か幸いか、墓穴めがけて落ちてきたようだ。    胸の上で、ぴくりとエスタが身動いた。重症のはずだが、血のにおいはしない。   「リベラ……起きられそう?」  問いかけながら身を起こす少女に、無理、と素直に答える。 「最初は……ご丁寧に、縄で吊り下ろされたんだ。だから動けた。今、話せてるのは……エスタが羽ばたいてくれた、おかげだな。だけどすまない、俺のせいで、羽が――ここから出られなく、なって……」  エスタが唾をのむ音が聞こえた。目を見開き、口の()を強張らせている。何を見ての反応かは、あえて訊かなかった。彼女が失った翼を気にしているのでないことは、視線の向きから明らかだ。 「私ね、人と違って、回復が早いの。翼はまた再生するから、いつかここを出られるわ。リベラも……一緒に、来るでしょう? 動けるようになるわよね? そうだ、胡桃を割ってあげる。食べたら元気がでるはずよ。今度こそ、上手に割ってみせるから……」  エスタは嘘が下手すぎる。回復が早いのは事実なのだろうが、新しいのも古いのも、数多の傷跡が残る体で、翼は再生する、なんて。    自分には、死の足音が聞こえている。けれど彼女は? 長い命が尽きるまで、ここに閉じ込められるのか?   十年前から見入ったままの夢。俺の光芒。その正体を、エスタと共に行くと決めたときに見極めた。自由だ。どこへなりと行ける、自由な彼女に焦がれたのだ。  それがこの牢で終身刑なんて。その原因が自分だなんて。……そればかりは、耐えられない。    とても殻を割れそうにない、少女の震える手を掴み、止めた。   「割らなくていい……俺と一緒に、埋めてくれ。そうすれば、エスタも俺も、ここを出られる――時間は、かかっても」  それだけで、すべて伝わったらしい。エスタは服の端で、ぬめってむず(がゆ)い頬を拭ってくれた。   「本当のあなたの優しさは――『悪魔』じゃないあなたのことは、私の胸にたたんで、大事にしまっておくからね」 「胸に、たたむ……?」 「秘密にしておくってこと。遠い島国の言い方なの。あなたでも手じゃ割れないような、特別殻の堅い胡桃がなる国なのよ」 「へえ……遠い国か。いいな。行ってみたい。いつか……一緒に」 「そんな顔で言われたら、断りようがないじゃない。いいわ、リベラ、任せておいて……」  これで笑うなという方がどうかしている。やっと自分の気持ちを信じられるようになった。自分で判断して行動できた。それだけでも充分なのに、死の淵にあって、未来に希望を見出している。恋焦がれた自由を手にするのだと、確信している。この心地良い光を、飢えと渇き、痛みごときが呑み込むことなど、できはしない……。
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