第一章

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第一章

 平たい石を握りしめ、ひたひたと満ちてくる淡い朝の光をかき出すように、土を掘る。  「光芒の牢」に落とされて二日。リベラはこの牢の名がいかに似合わしいかを思い知っていた。    村長が「聖なる大地の底で浄化を受けよ」と(のたま)ったときは、地中の暗さと湿り気ばかりを想像し、何が光芒かと訝しんだ。  それがいざ入ってみると、大昔は沼だったという巨大な陥没穴の底は、絶えず明るかった。    今でこそぬるい水に似た光を注ぐ太陽は、これから静穏さという鞘を出て、牢の真上に現れる。真昼の姿たるや、地を切るような白刃だ。それが西の空に()け落ちても、今度ははぐれ火の粉が月影に冷やされ星になり、銀色の夜が訪れる。    とはいえ暗闇をもたらす雲さえあれば、この牢のご大層な名も折れる。初めはそう(あなど)っていた。  しかし滴る汗の行方を追って、足元に目を向けたとき――自らの影の黒さと、身近な闇の存在を忘れ去っていた自分とに、驚かされた。    明るい明るいと思うのは、空ばかり見上げているからだったのだ。  ここに囚われるのは、大地信仰の村の教えに背き、空に心奪われた者。平時でさえも遠かったものから、さらに遠ざけられてしまっては、余計に目を奪われて仕方ない。  その情熱が、刑罰として利用されている。雲が出ようが関係ない。  「光芒」とは、囚人にとっての夢や希望、惹かれてやまない空そのもの。それがよく見えるよう、天へと開かれた大口こそが、この牢の真の悪意なのだ。背信者は己の愛した光を見上げて、体と心、双方の渇きにあえぐしかない。    苛立ちが力加減を誤らせた。割れていた爪がぐらつき、痛みに石を取り落とす。  空ばかり見ていては先人や村人の思うつぼだから、作業に没頭していたかった。しかし一度手を止めたら駄目だ。掘り返した分の土を詰め込まれたように、体が重い。無様に倒れて死にたくない、最後に横たわる場所くらい整えておきたいのに、動けない。耳鳴りもする。静かすぎるのも問題だ、気の紛らわせようがない。せめて鳥でも鳴いていれば。 「ねえ! そんなところを耕して、畑を作るの? 何を植えるの?」    ……村のやつらの言う「聖なる大地」は、どうやら耳が遠いらしい。鳥をどう聞き違えて、皮肉屋など遣わしたのだろう。村人が総出で祈っても、不作が続くわけだ。  疲労から自然に上がる顎をそのままに、うんざりと穴の縁を仰ぐ。  聞き覚えのない声だった。逆光で顔も分からない。影の形からすると、何か背負っているようだ。村人は見回りの男たちを除き、この付近への立ち入りを禁じられているから、薪拾いか行商中のよそ者が迷い込んだのだろう。  どうであれ、答える必要はない。無視して、口を湿らせる露を求め、まばらな雑草に目を落とした、が。
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