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「所長の甥の、鈴木弘斗です。入院中の伯父に、退屈だから事務所に忘れて来たゲーム機を取りに行ってくれって頼まれて、あとはご存知の通りです」
僕は伯父から預かった鍵をポケットから出して翳した。
「あの所長の言いそうなことですね」
「そうなんです! 本当に我が儘で人遣い荒くて――」
「なぜ探偵だと嘘を?」
やはり話を逸らしてくれない。
僕が昔から嘘つきだったから。散々いじけてひねくれて、嘘で回りや自分を誤魔化してきたような子だったから。今でもその癖が抜けないから――。
嘘の理由なんて聞かないでほしい。
「ごめんなさい。萌絵ちゃんに何も言えた義理じゃないですね」
溜め息のように謝罪した。
「あの子が頼りたかったのが、探偵だったから。では?」
「……え」
岡部さんの優しげな声を、初めて聞いた。
「じゃあ、……そっちの答えで」
僕が言うと、岡部さんはニコリとした。
「お仕事は?」
「有名企業のCEOです」
「今、うちの事務所で探偵を募集中なんですけど」
「CEOですってば」
「上手に嘘が吐けることが条件です」
「嫌味ですか」
どうせ失業中の身ですよ、と返すのは踏みとどまった。
岡部さんがまた笑う。なんだよいいひとじゃん、嘘つき。
住宅地の十字路を越えて、ゆっくり歩く。
そよいできた風が温かくて、心地よくて、ちょっとくすぐったい。
面接、真剣に、受けてみようかな。
僕はポケットの中の名刺を、そっと触った。
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