Crossroads

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 少女は鈴木萌絵(もえ)と名乗った。偶然僕も鈴木だったので、なれなれしいけど萌絵ちゃんと下の名で呼ばせてもらった。名前呼びした途端、その中学二年生の子にグッと親近感が湧くのが不思議だ。  紺スーツさんが「私の事も良子(りょうこ)と呼んでください」と言い出して来たので「あなたも鈴木さんなんですか」と訊くと「岡部です」と、名乗った。よく分からない人だ。    猫を見失ったという場所は、事務所から徒歩10分ほどの住宅地のど真ん中だった。萌絵ちゃんは少し前にこの街に引っ越して来て日が浅く、猫のナナを連れて、このあたりを散策していたという。  外の世界を知らない猫は、失踪した場所から遠くには行かず、木蔭や物陰に隠れることが多いと言う岡部さんの言葉を参考に、僕ら3人は住宅地の路地を歩きながら、それらしき場所をとにかく注意深く探った。萌絵ちゃんは特に真剣な様子で、服が汚れるのも構わずに、這いつくばるように垣根の下を覗いては、進んで行く。 「猫の名前、呼びませんね」  僕が不思議に思っていた事を、岡部さんがボソリとつぶやいた。捜索を始めて5分後だ。 「僕もおかしいと思ってたんです。普通、呼びますよね。猫って呼んでも来ないっていうから、それでかな」 「呼んで来なくても、呼びますよ。心情的に」 「ですよね」 「それに見知らぬ場所の散策に、普通猫を連れて行かないです。家から出さないように育てた猫なら尚更」  岡部さんも気づいていたのだ。萌絵ちゃんの言葉には、小さな嘘が砂粒のように混ざっている。 「あの様子だと、猫を探してる事には間違いないようだけど」 「釈然としないのに依頼を受けたのは、可愛い女の子だったからでしょうか」  まだ少し根に持っているのか、この期に及んで岡部さんはじっとりと訊いて来る。 「釈然としなかったから……かな」  岡部さんが、溝の奥を覗き込んだ姿勢のまま僕を振り返る。 「他人から見たらどうでもいいと思えるような嘘をつく時って、何かに怯えてると思うんです。あの子は、とにかく怯えて僕のところに来た。だから」 「了解しました」  岡部さんはサラッと言い、そのまま再び猫の捜索に戻って行った。  何を了解したのか分からないが、深く説明するのが面倒くさい事だったので、ほっとした。しつこいようでいて淡泊。岡部さんは変った人だ。
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