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閑静な住宅地のはずれにある、古いテナントビルの一階。
セキュリティに無頓着な安易な鍵で、僕は事務所のドアを開けた。
個人経営の探偵事務所だけど、結構忙しく、連休を取ったのは今回が初めてだった。それなのに、その休日の事務所にわざわざ出向かねばならないとは。
「まったく。忘れて帰った事に今朝になって気づくとか。早くもボケて来たかな」
ぶつくさ言いつつデスクの引き出しを開け、携帯専用ゲーム機をむんずと掴みあげる。
「最新機種なんだろ? 持ち主が忘れて帰りそうになったらアラーム鳴らせよ」
ゲーム機に理不尽なイチャモンをつけながら、バッグの中に落とし込み、早々に帰ろうとしたその時だった。開けたままにしていたドアから飛び込んできた女の子と、バッチリ視線が合った。
中学生くらいだろうか。華奢な体躯。スキニーにゆったりとしたパーカー姿は、どこにでもいる女の子だったが、その表情は蒼白で、見るからに切羽詰まっていた。
「あの、猫を……さっき、このあたりで……」
掠れた声で少女は切り出した。けれど息が切れて思うように喋れないらしい。
「大丈夫、落ち着いて。ゆっくり話してごらん。猫を探してるの?」
少女は何度か大きく息を吸った後、小刻みに頷いた。そして事務所の中をぐるりと見回す。
「この建物の前で見失ったんです。入り口が開いてて、もしかして、って思って入っていくと、ここの部屋のドアも開いていて……だから……」
言いながら少女の目が泳いだ。ほんの少しの違和感。
このビルのドアは重厚で開けっ放しにはならず、猫がふらりと入って来れるようにはできていない。彼女は初っ端に小さな嘘をついた。そこが気になる。
「猫は入って来て無いよ」
僕が少し素っ気なく言うと、少女はショックを受けたような目で僕を見た。猫を探しているというのは本当かもしれない。
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