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「萌絵ちゃん、最高! 大好き」
沙良ちゃんは、猫ごと萌絵ちゃんをぎゅっと抱きしめた。萌絵ちゃんは呆然としたように僕を見つめたが、そのあと泣きそうな笑顔を浮かべ、自分も腕を伸ばして沙良ちゃんを抱きしめた。
年甲斐もなく込み上げてくるものを堪えながら、僕は少女らの傍をそっと離れた。十数メートル行ったあたりで後ろから感謝の言葉が飛んできたが、振り向かずに手だけ振った。
ああ、何とも奇妙な気持ちだ。子供の頃を思い出すのは、好きじゃない。
「泣いてるんですか」
いきなり後方から岡部さんが首を伸ばしてきたので思わず声を上げた。
「びっくりした! まだ居たんですか」
「失礼ですね、私の行く方向にあなたが居るんです」
「そ、そうですか」
行動パターンの読めない人だがようやく少し慣れて来た。
「今日は依頼をお聞き出来なくてすみませんでした。休日明けにまたお越しください」
「依頼は無いんですよ」
僕は思わず立ち止まる。それに合わせて岡部さんも立ち止まり、僕を見据える。
「ひとつお訊きしてもいいですか」
「はい?」
「貴方、いったい誰ですか」
「え」
心臓がトクンと跳ねる。
岡部さんは慣れた手つきで一枚名刺を取り出し、僕に差し出した。名刺には鈴木探偵事務所のロゴ。その下にくっきりした書体で『探偵補佐兼庶務 岡部良子』と書いてある。
全身がひやりと発汗した。良い対処法が見つからず、名刺をつまんだまま僕は固まってみる。
「探偵所長の鈴木琢朗は虫垂炎の手術のため二日前から入院し、来週の月曜日までお休みです。私は事務処理が残っていたので出社したのですが、そこにあなたが居ました。説明をお願いします」
簡潔な追求だ。きっと仕事の出来る人なのだろう。僕は潔く白旗を揚げた。
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