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「――なぁ、どう思う?」
長谷川 緑は、庭の隅っこにしゃがみこんで、話しかけていた。会話の相手は、黄色い菜の花。春の風物詩だ。彼の祖父は花や植物を愛でるのが道楽であるがゆえ、庭にはさまざまな種類の植物が植えられているのだ。
――どうもこうもないでしょう。はやく彼女に謝るべきです。
「っ、いや、まぁ……そうなんだけどさ、でもなんつーか、ほら、べつに俺が一方的に悪いわけじゃないじゃん? たしかに誤解を与えたのは俺だけど、そんなこと言ったらあっちだって――」
――そうやって、ぐずぐずと私に向かって言い訳を垂れ流している間に、彼女の心は離れていってしまっているかもしれませんね。
「おい」
――女心っていうのは難しいんですよ。しかもびっくりするぐらい気まぐれだ。
「菜の花のお前に女心を説かれてもな」
まぁ、こいつの言うことはあながち間違いではないのだろうけど。
緑は、立ち上がって、こめかみに伝う汗を拭った。「しゃーねぇ、行くか」
――謝罪のときはなにか甘いお菓子でも一緒に持っていくと
「はいはい。分かったよ」
家の台所、お菓子置き場を漁ったが、それらしいものは見当たらない。少し遠回りになるが、彼女が好きなスターバックスのスコーンとドーナツを買っていくとしよう。
「――行ってきます」
誰もいない家の敷地に向かって声をかける。
――いってらっしゃい。
菜の花だけじゃない。庭にいるたくさんの、緑色の仲間たちからの温かいことばが聴こえてきた。仲直りできるといいね、がんばってね、ちゃんと謝るんだぞ――と。
緑は微笑んで、手を振った。太陽が照らす熱いコンクリートの道へと、まっすぐその一歩を踏み出した。
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