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オレオレ詐欺という言葉。どこの誰が作り出して流行させたのかは分からないが、この言葉のお陰で助かっているというのは事実。この名称のお陰で女性の詐欺師は居ない。『俺』や『わたし』という言葉を繰り返して名前を聞き出そうとする。それが詐欺師だと思いこんでくれているからだ。
実際は違う。相手の情報を聞き出すためにはマニュアルがあり、そこには様々な方法が記載されている。
たとえば買い取り業者を名乗り、お子さんが居ない一人暮らしの家庭で出た重い物を自宅まで伺って買い取りしていると言う。これだけで相手に疑われる事の無く子の有無が確認できる。
ほかには突然よく作ってた煮物のレシピを聞きたいだとか、近くに携帯用の電波塔を建てる予定なので強い磁場で影響が出ないか一度自宅に行って調査したいなど。要するに疑われないことを何度かに分け情報を集め、情報が集まってから行為に働く。というのが今や基本となっているのだ。このマニュアルは私の属する組織だけではなく様々な組織が独自に作っているのだが、不思議と内容は似てくるそうだ。
案外うそつきはみな似たような思考なのかもしれない。そう、ここまでは嘘をついてはいるが詐欺ではない。ここがミソ。情報がある程度そろっても、途中で怪しいと感づく人に行為を働かない。行為を働く前に切り上げるとこも出来る。これが捕まらず組織を大きくする秘訣だ。
情報が揃い、騙されやすそうな人の目星をつけたらいよいよ本番。これまでの情報を頭にたたき込んで詐欺行為を働き始めるのだ。
何度も行っているはずなのに、受話器を持つと緊張が走る。この適度な緊張感が今では心地よくなっている。
「もしもし。」
「あっ、お母さん。この前は突然連絡ごめんね。煮物、上手に作れたよ。」
この前とは情報収集時の話だ。
「よかった、隠し味のウスターソースの量が分かるか心配だったけど。やっぱり人に教えるとなると、普段は計量スプーンとか使わないから量が教えにくくて困っちゃった。」
「あはは、いいのよ。お母さんのだいたいなら分かるからいいの。それでちょっと。今日はお母さんにしか相談できない話があるんだけどいいかな。」
本人と確認させたら考える隙を与えさせず本題に入る、これは基本だ。
「あら、あらたまってどうしたの?」
「じつはね、この間ちょっと事故しちゃって。サイドブレーキをかけ忘れて車から降りちゃったみたいで。戻ってきたら坂の下のコンビニまで車が落ちちゃってたの。」
声のトーンは出来るだけ深刻そうに。
「大変、怪我した人とか居なかったの?」
「うん、怪我人はいなかったんだけどね。これだと私の事故保険だとコンビニの修繕費が全部賄えなかったの。」
お金という単語は相手を現実に引き戻す。だからなるべく使ってはいけない。
「あらあら、自己負担はどれだけになるの?」
「えっと、625万円。125万円ぐらいなら自分で何とかなるんだけど・・・」
「そんなこと言わんと。それならお母さんの貯金から全部払うから。」
「いいよ、そこまでしなくても。足りない分だけ今貸してくれるだけで。」
なるべく相手を思いやる様な会話術も大切だ。
「そう、でも無理しなくていいの。あんたどうせそんなに貯金無いんでしょ。ゆっくり返してくれればいいから。直接あなたに私にいけばいいの?」
「そうしてほしいけど今は仕事で出張中だから・・・。保険屋さんに話して書類を用意してもらうから、お母さんは準備だけしておいて。保険屋さんには家から一番近い喫茶店に二時に行くよう伝えておく。一応保険屋さんには最初に名刺を渡すように伝えるから、大金だからちゃんと警戒してね。」
相手を心配し、ちゃんと気をつけるように伝える。そうすることで相手が本来自分に向けるべき警戒心を別の方向に向けさせ、より高い信頼を得れる。
「そうね。私も保険屋さんの書類で確認するけど、あなたももう一度書類を確認して起きなさい。最近テレビで言ってたけど保険屋と相手と二重でお金を徴収するっていうのは違法みたいだから、保険額が高いときは警戒しなさいって・・・」
「わかった、ありがとうねお母さん。そろそろ昼休み終わっちゃうから。また夜にかけ直すね。」
電話を止めるとドッと疲れが押し寄せる。相手に疑われることなく会話できただろうか、会話内容を何度も頭の中で反芻してしまう。
「1時半、それと二時過ぎの二回に分けて現場に向かいます!逃走用の車もあるかもしれないので人数は多めで待機させておきます!」
若い男が元気な声で私に言う。
「そうだね。会話内容からも相手は手慣れていたみたい、たぶん大きい組織だ。この現行犯で一気に根っこまで引きずり出してやろう!」
周りにいた大勢の警察官が返事をして気合いを入れ直す。私はもう一度、録音していた先ほどの詐欺会話を聞き直し始めた。
声のトーン、会話の運びから相手を分析し直す。相手は上手く嘘をついている、しかしどこかで学んだわけでもない。数をこなして成果を上げているため、自分が嘘の天才と勘違いをしているだけだ。
「会話運びは上手いけど、残念だけどこっちはプロ。嘘のつき合いや読み合いに関しては年期も場数も違うんだよ。」
『うそつきはみな似たような思考だ。』今回の会話は相手の考えと私の考えを合わせるようにして警戒させないようにしたからだ。
我ながら上手く出来たと思う。私はそんなことを考えながら、逮捕の知らせを待った。
もちろん相手が逮捕されたことは言うまでもないだろう。
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