輪廻『海容』

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「逃げるってどうやって」 「従業員の更衣室に洗濯物が脱ぎ捨ててある。それに着替えて清掃員に成り済ます」 「そんなスパイみたいなこと出来ますか?」 「捕まるつもりでやる。情に訴えて降ろしてもらう作戦だ」 「あなた、止めましょうそんな恐ろしいことは。きっと帰してくれますよ。ねえそれまで待ちましょう」  正子は泣き崩れて懇願した。則夫は「わかった、わかった」と崩れる正子を慰めた。小一時間するとノックされた。 「どちらですか?」 「医者です、窓側に張り付いて下さい」 「どういうことですか?」  則夫は意味が分からず聞き返した。 「一々問答をする時間はありません、後回しにしますよ」 「すぐに下がります」  二秒してドアが開けられた。ビニールの防護服に見たこともない分厚く大きなマスク、その上にフェースガードを掛けている。その後ろに客船のスタッフがメモ用紙を持って立っている。やはり目以外は隠れるマスクをしている。 「どうなっているんですか?」 「喋るな、私の質問に答えるだけでいい」  人相の分からない医者に正子は震えている。 「おい、あんたから前に出ろ、石川則夫、七十六歳、間違いないな」 「なんだねその言い方は失礼じゃないか」 「喋るなじじい。一生出さないぞ」  則夫は仕方なく黙った。 「手首出せ、早くしろ」  医者は手袋を外し則夫の脈をとった。
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