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「お父さんあれを見て」
正子が悲鳴を上げた。タラップを下りる客が銃殺されている。
「何をするんだこの国は」
則夫とフィリピン人スタッフもその地獄のような光景に驚いている。
「恐らくこの船の乗客乗員は全てあのようになるでしょう。新型ウィルスを持ち込ませないようにする究極の策でしょう。2020年のクルーズ船の対応失敗の二の舞を避けたんでしょう」
「そんなこと、もう半世紀も前の話じゃないか」
「全ての入国を防ぐことで外からの感染は防げると考えたんでしょう。でも内からの感染は留まり蔓延するリスクを学習していない」
殺された乗客はトン袋に入れられトラックに積まれる。
「まるで家畜の伝染病と同じ扱い」
正子が恐怖で顔を覆った。いきなりドアが開いた。機関銃を持った自衛隊が並んだ。フィリピン人スタッフが倒れている自衛隊の機関銃を拾い上げ乱射した。立ち入った全員が倒れるのと同時にフィリピン人スタッフも死んだ。
「連れ出しても私は一生あなた方に連れ添うわけにはいかない。追われるでしょう。だけど二人だけの時間が僅かでも取れる。高級ワインで乾杯も出来る」
「ねえ、あなた、カモメは生涯を連れ添う鳥、二人でカモメになり海の上を死ぬまで飛び続けませんか」
正子が誘った。
「そんな願いが叶うならお前と一緒に連れ添いたいが、夢みたいな話じゃないか」
則夫が言い終える前に正子が金原仙人を見つめた。
「お二人がお望みならば私は反対しません、番の仲のいいカモメを見繕って転生を叶えましょう。しばらくこの国は立ち直れないでしょう。その前にお二人の寿命がやって来る。いい判断かもしれません」
二人は大きく頷いた。金原仙人が微笑んだ。二人の額に掌を当てた。指が裂けるほどに広げるとゆっくりと脳に沈んでいく。転生対象を探す。
「少し酔いますよ」
金原仙人は探し得て笑った。
「さあ、第二の人生の旅立ちです。飛び立つ瞬間に前世はほとんど忘れてしまいます。でも最後まで添い遂げます」
二人がカモメに変身していく。羽ばたくと金原仙人の身体も浮き上がる。
「さあ行きましょうか」
窓ガラスを擦り抜ける。カモメは上昇する。金原が手を放す。二羽は上空で旋回した。金原仙人は螺旋しながら落ちていく。螺旋回転の速度が上がり海上すれすれで消えた。
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