輪廻『海容』

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 二人は顔を見合わせた。中国で発生した新型ウィルスが日本にも上陸していたことはテレビを観て知っていた。しかし日本の多くの専門家がサーズやマーズのように強力なウィルスではない、それに日本にはあまり影響がないと笑っていたので安心していた。 『もう一度繰り返しになりますが、お客様にはもうしばらくお待ちいただくようお願い致します。日本政府からの指示です。状況が変わり次第ご案内いたします』 「お父さん、大丈夫でしょうか?」  正子は心配して窓に寄った。二人が利用している部屋は海側だがデッキがない。大桟橋には白衣をまとった看護師等が大きなマスクをつけて慌ただしく動いている。駐車場には赤色灯を回したパトカーと救急車が数台、それに自衛隊の大きなトラックが五台停車している。 「お父さん、大変、下が凄いことになってる」  則夫も立ち上がり窓ガラスにへばりついた。 「心配するな、確認だけだろう。すぐに終わるさ」  正子を安心させるために強がりを言ったが胸は不安で高まっている。則夫は受話器を取ってフロントに掛けた。話し中で繋がらない。二度三度掛けるが話し中が続く。午後六時、航海中なら食事に出掛ける時間である。ショーを見学してサービスのワインを飲んで二人で海を見ながら肉料理を食べる。二人共海鮮より肉が好きで、十日間のクルーズ中、ずっと肉料理を楽しんでいた。しかし今夜は最終日、ディナーは用意されていない。もう一度電話をする。通じた。英語だった。日本人のスタッフは対応に追われていない。『わっかりません、あとで』先方から切られた。スタッフの焦りが感じられた。サービスマナーの行き届いた教育が成されている。先に電話を切ることなど航海中に一度もなかった。 「なんですって?」  則夫の顔色が良くないので正子は余計に不安が募る。 「英語で何も分からない」
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