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「日本人の乗務員もたくさんいたじゃない、フロントにも何人もいたわ」
今度は正子が電話する。やはり英語で応対した。
「日本人はいないの?ジャパン、ジャパン、プリーズ、ジャパン」
正子の必死の訴え。
「ウルサイヨ」
切られた。正子は応対したスタッフのその一言に怯えた。震えて立ちすくむ正子を椅子に座らせた。
「おい、母さん、落ち着きなさい。私が外を見て来る。フロントまで行けば誰かいるだろう、急用だからと掛け合ってみる。年寄り二人だ、大目に見て降ろしてくれるさ」
「大丈夫かしら、あなたがいない間に誰か来ないかしら?」
小さな不安がどんどん大きくなる。平時なら考えないことも頭に過る。
「誰が来るんだ、窓ガラスを割って蛸のおばけが侵入するか?」
正子の気を紛らわそうと冗談を飛ばしたが正子はその蛸のお化けを想像して『キャッ』と身をよじった。
「ベッドに横になっていなさい。水もないから取ってこよう。食べたいものあるかね?」
正子は首を振った。
「あなた早く戻って来てね」
「ああ、様子見だ、すぐに戻って来る。私以外開けるんじゃないぞ」
「でも誰かがノックしたら、スタッフだったらどうするの?」
「駄目だ、私が戻るまで誰とも接触しない方がいい、そうだ五回ノックする、そしたらお前は『山』と言いなさい、私が『海』と答えるから、いいね」
則夫は廊下に出た。ずっと先にドアから出る男がいた。恐らく同じような考えだろう。先方が一礼した。則夫も一礼した。二人は引かれるように近付いた。
「聞きましたか」
先方は天井を指差して小声で言った。
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