輪廻『海容』

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 正子は艦内放送を聞いて更に不安が募った。大桟橋の手摺にカモメが揺れている。私もカモメのように飛んで行きたい。このままここで死ぬなら窓をぶち破って外に出てやる。そしてもし輪廻転生が本当にあるならカモメになって海の上を自由に飛んでみたい。すると窓を擦り抜けて何かが入って来る。頭に浮かんだのは出掛ける時に則夫が言った蛸の化物。 「こんにちは」  擦り抜けて入って来たのは男だった。正子はベッドの上に倒れた。ショック死である。 「まずいな、驚かしたかな」  金原仙人は正子の脳に掌を当てた。やはりショック死、24時間以内ならこの世に戻せる。掌を指が裂けるほどに広げる。指が脳に沈んでいく。十秒前に戻した。気を戻したがまた倒れた。また繰り返す。四度目でショック死を免れた。 「怪しい者じゃありません」 「怪しいじゃないどう見ても」  正子は立ち上がり壁にへばりついた。 「私はあなたがカモメに転生したいと思った、それに通じてやってきました。もし気が変わっならすぐに引き上げます。さようなら」  金原仙人が窓ガラスを抜け切る前に声が掛った。 「ちょっと待って」  物取りでもない、蛸の化物でもなかった。恐がるとすぐに立ち去る男に少し安心した。金原仙人は抜け出た身体を船室に戻した。 「マジックなのそれ?」  正子は手の込んだ手品かと思った。この船にもプロのマジシャンがいて先日もマジックショーを観ていた。ビキニの金髪女性が消えるマジックだった。これも閉じ込められた不安な客を少しでも和ませようと船側のサービスだと思った。
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