4人が本棚に入れています
本棚に追加
「逃げるってどうやって」
「従業員の更衣室に洗濯物が脱ぎ捨ててある。それに着替えて清掃員に成り済ます」
「そんなスパイみたいなこと出来ますか?」
「捕まるつもりでやる。情に訴えて降ろしてもらう作戦だ」
「あなた、止めましょうそんな恐ろしいことは。きっと帰してくれますよ。ねえそれまで待ちましょう」
正子は泣き崩れて懇願した。則夫は「わかった、わかった」と崩れる正子を慰めた。小一時間するとノックされた。
「どちらですか?」
「医者です、窓側に張り付いて下さい」
「どういうことですか?」
則夫は意味が分からず聞き返した。
「一々問答をする時間はありません、後回しにしますよ」
「すぐに下がります」
二秒してドアが開けられた。ビニールの防護服に見たこともない分厚く大きなマスク、その上にフェースガードを掛けている。その後ろに客船のスタッフがメモ用紙を持って立っている。やはり目以外は隠れるマスクをしている。
「どうなっているんですか?」
「喋るな、私の質問に答えるだけでいい」
人相の分からない医者に正子は震えている。
「おい、あんたから前に出ろ、石川則夫、七十六歳、間違いないな」
「なんだねその言い方は失礼じゃないか」
「喋るなじじい。一生出さないぞ」
則夫は仕方なく黙った。
「手首出せ、早くしろ」
医者は手袋を外し則夫の脈をとった。
最初のコメントを投稿しよう!