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「消毒」
医者が言うとフィリピン人のスタッフが霧吹きをした。
「下がれ、ばあさん前に出ろ」
則夫に促され正子は恐る恐る医者の前に出た。腕を掴んだ。
「ばあさん、震えてんじゃないよ、脈が取れないよ。後回しにするぞ」
医者は正子の腕を捩じ上げた。
「何てことするんだ」
則夫が医者に飛び掛かる。スタッフが廊下に出て誰かを呼んだ。ガスマスクをした自衛隊が飛び込んで来た。身体を押さえられたのは則夫だった。
「こいつら後回し、検査もしなくていい。もう一生船から降ろすな、降りたきゃ窓ぶち破って海に飛び込め」
正子は泣き崩れた。自衛隊に締め上げれられた則夫は息が荒くベッドにうつ伏せのまま倒れ込んだ。神様、どうか助けてください、それが叶わないならせめてカモメになって二人をここから放してください。窓ガラスから手が伸びて来た。するすると身体が抜けて出て来た金原仙人が自衛隊の額に人差し指の腹を当てた。長ネギが折れるようにその場に倒れた。医者は驚いて金原仙人に聴診器を投げ付けた。その医者の額に指を当てた。医者は動けない。額に掌を当てる。
「少し酔いますよ、そう船酔い。船だからいいか」
金原が笑いながら指を裂けるほど広げると脳に沈んでいく。静かに掌を離す。医者に一秒間隔の転生を仕掛けた。人形が歩き出しそうでその一歩が出ない繰り返しがずっと続く。フィリピン人のスタッフが逃げようとする。
「待ちなさい。君もここにいなさい」
金原仙人がきつくいった。ベッドにうつ伏せの則夫を仰向けにして額に手を当てた。手を放すと二分前に身体が逆戻りした。医者に飛び掛かる前の則夫に戻っている。
「あなた、大丈夫ですか?」
正子が心配するが事情がよく分からない。
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