輪廻『海容』

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輪廻『海容』

 デッキの上にいると橋の鉄骨がすごく近くに感じた。真下から橋を見るのは初めてである。大型客船がベイブリッジを潜った。 「お父さん、大きな橋ねやっぱり」 「そりゃそうさ我が横浜のシンボルじゃないか」 「お父さん、ありがとう、いい旅だった」 「もっとお前にいい航海を楽しませてあげたかったが、私の器量ではこれが精一杯だ」  夫婦は則夫七六歳、正子七五歳、初めての船の旅だった。 「そんなことないわ、私はこれで充分満足、お父さんありがとう」  正子は則夫の腕を抱えた。則夫は周囲を見回した。 「恥ずかしいから離れなさい」  若い外国人のカップルがすぐ近くでキスをしている。 「いいじゃない、舟が接岸するまでこうしていましょう」  則夫は照れ臭いがもう少しの辛抱と我慢した。 「さあ、そろそろ支度しないと、明日は仕事がある。それに遅れると下船するのに時間が掛かる」  正子は絡めた腕を離して頷いた。 『お客様にキャプテンよりご案内があります。お部屋から出ずにお待ちください』  艦内放送が流れた。 「混むから順番に案内するんだろう。うちの部屋はデッキのない安いとこだから最後になるかもしれないな」 「慌てない慌てない、電車は逃げませんよ。急いで転んででもしたらそれこそ大変。高齢に大敵は躓きですって、テレビでやっていましたよ」  一旦立ち上がった二人はベッドにリュックを置いた。 『艦内で新型ウィルス感染者が発生いたしました。お客様に置かれましては今暫くお待ちください。追って連絡いたします』
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