T&D(prototype) ep.2

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半ばパニック状態に陥った俺は、焦りに駆り立てられて左右を見渡す。 左側を向いたところで、俺は思わず息を呑んだ。 左の席に座っている三矢杜琴羽(みやもりことは)。 彼女だけは、その色が失われていなかった。 彼女だけは、灰色になっていなかった。 彼女だけは、ちゃんと動いていた。 彼女はいつものように背筋を伸ばし、教壇に立っている銅像のような酒井へとその視線を向けている。 その口は、何か口ずさんでいるかのように微かに動いている。 俺の心に安堵の念が湧き上がる。 良かった、こんな世界に取り残されたのは俺だけではなかった、と。 まさに地獄に仏、といった心境だった。 あ…あぁ、と、カラカラの喉で、搾り出すようにして三矢杜琴羽(みやもりことは)へと声を掛ける。 「あ…あの…」といった、呻きにも似た、自分のものとも思えない弱々しい声が喉の奥から搾り出される。 俺のか細い呼び声が届いたのか、三矢杜琴羽(みやもりことは)はゆっくりと俺の方を向く。 そして、彼女と目が合った。 彼女の目を見るのは、それが初めてだった。 分厚いレンズ越しに彼女の切れ長の目が見えた。 切れ長の目の中に佇む黒々とした瞳、その色合いは夜の闇を思わせるようだった。 その闇は、無機質なものでもなく、そして、虚無を感じさせるようなものでもなかった。 深々としたその奥底に、何物かを匿し持っているかのような色合いの闇。 その深々とした闇の中に、幾多もの無数の煌めきが飛び交っている、そのようにも思えた。 とてつもなく深い寂しさ、そして、とてつもなく強い気持ちが俺の心に流れ込んでくる、そんな感じだった。 それは、これまで抱いたことの無い感覚だった。 それだけじゃない。 じんわりとした懐かさが心の奥底から静かに湧き上がってくる、そんな感覚もまた抱いていた。 そして、こう思った。 この瞳に見詰められている限り、 俺の時間は止まらない。 この瞳を見詰めている限り、 俺は灰色に染まらない。 俺を取り巻く世界がグラリを(かし)ぎ始めていた。 日常って、こんな感じに、何の前触れも無く、呆気なく失われていくんだな。 灰色の静寂の中、三矢杜琴羽(みやもりことは)の瞳に救われた俺は、ぼんやりとそう思っていた。
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