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ようやく古文の授業が終わった。
仲の良いクラスメイト達が俺の席へと近寄ってきて、古文の授業中のやらかしを冷やかしてくる。
「うるせーよ!」などと抗議する俺。
「眠気覚しじゃー!」などとほざきながら、軽く腹パンしてくるクラスメイト。
クラスメイトをいつもと変わらぬ談笑を交わしていると、古文の授業中に見た夢の感覚は次第に薄れていくように感じられた。
一頻りクラスメイトと談笑した後、俺は席を立ち、そして洗面所へと足を向ける。
次の授業前に顔を洗って、少しでも眠気を覚まさなきゃと思った。
廊下に出た。
三矢杜琴羽が俺の行方を遮るかのように立っていた。
思わず息を呑む俺。
三矢杜琴羽は俺に尋ねる。
淡々として抑揚の無い、感情の起伏が感じられないような口調で。
「古文の授業中、目が合ったでしょ?」と。
俺は答える。
「あ…あぁ、居眠りから醒めた後ね。」と。
三矢杜琴羽は被りを振り、そして再び問い掛けてきた。
「そうじゃなくて。
『灰色の夢』の中で目が合ったでしょ?」
俺は絶句する。
三矢杜琴羽は、俺の動揺した様を確認して満足したのか、俺の脇を通り過ぎ、そして、教室の中へと戻ろうとした。
俺は身動き出来ないままだった。
三矢杜琴羽は、俺の背後にて立ち止まったようだ。
「かぎりなき
雲居の余所に別れるとも
人を心に 送らさむはや」
俺はハッとして振り向く。
「貴方が『灰色の夢』を見た時、
酒井先生が朗読していた。
平安時代末期の歌。
『詠み人知らず』」
「それじゃ。放課後にまた。できればだけど。」
呟くようにそう告げた三矢杜琴羽は、振り向くこと無く教室の中へと戻って行った。
混乱する俺の耳に、授業の再開を告げるベルの音が飛び込んできた。
次の授業は数学だった。
急いで席に戻らないと!
席に着くように生徒たちを促す、数学教師である上田の苛ついたような声が聞こえてくる。
数学教師の上田は三十になったばかり。
面倒見が良く元気もある一方で、その気は短く、そして怒りっぽい。
古文の酒井と足して二で割ればいい感じなのにといつも思ってしまう。
上田の声に急かされるように、俺は慌てて教室の中へと駆け込む。
結局、洗面所には行きそびれた。
しかし、眠気はすっかり吹き飛んでいた。
眠気の代りに俺の頭を占めていたのは、三矢杜琴羽の瞳の印象、そして、彼女の言うところの『灰色の夢』に対する疑問だった。
そのせいか、俺は数学の授業に集中できなかった。
そして、気も漫ろな俺の様子を見て取った上田から、しこたま怒られる羽目となってしまった。
部活を終え、久原里美との待ち合わせ時間を気にしながら校門を出ようとした俺は、待ち受けていた『三矢杜一味』に遭遇した。
三矢杜琴羽の予告通りに。
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