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T&D(prototype) ep.1
夕陽はとうに山影へと姿を消した。
天の頂きから忍び寄ってきたかのような夜の帳は、いつしかその裾を地平へと広げ、そして、黒々としたその色合いを益々濃いものとしつあった。
それはまるで陽の残り香を空から隈無く追い払うかのように。
つい先程まで夕陽の輝きを浴びて茜色に染まっていた筋雲は、今や夜の色に染まりつつある空を背に青みがかった白さを際立たせている。
付き合い悪いよな、この変節漢の雲野郎といった言葉が頭に浮かぶ。
今の俺にとって、八つ当たりできる対象は、最早、空に浮かぶ雲くらいしか無かった。
ひんやりとした宵の入りの空気が、俺たちをじんわりと包みこむ。
ここ二十分ほど吹き晒しの非常階段に居るせいか、思いのほか底冷えてくるような心持ちだ。
「クシュン」というクシャミの音が聞こえる。
クシャミの主は、千歳兄妹の兄である登也先輩のようだ。
「どうした、トウヤ?」と、この件の首謀者と思しき、俺のクラスメイトである大浦琴羽が声を掛ける。
俺はヒヤヒヤしながら心中でツッコミを入れる。
おいおい、何で登也先輩に対してタメ語なんだよ、しかも下の名前で?と。
そんな俺の疑問は、まるで鈴を転がすかのような、笑みを含んだ可愛らしく艶のある声で掻き消される。
「トウヤは真面目なんですよ~。」
声の主は、千歳兄妹の妹である緋南先輩だ。
俺は心の中で、緋南先輩へ感謝の言葉を捧げる、
あぁ、緋南先輩!
貴女がここに居て下さることで、俺はどんなに、どんなに癒やされていることでしょう!
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