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街の中央付近にそびえ立つ市立病院の非常階段の踊り場から、間もなく夜に包まれるこの街を俺たちは見下ろしている。
俺たち、というのは、今しがたクシャミをした千歳登也先輩、その双子の妹である陸上部の千歳緋南先輩に俺のクラスメイトである大浦琴羽、そして俺との四人のことだ。
もっとも、俺の心境としては、俺と、謎の『大浦一味』の三名といったところだ。
放課後の帰り際に突然、まるで拉致されるようにしてこの三人組にこんなところまで連れて来られたことには未だに釈然としない。
勝手に市立病院の非常階段に立ち入るなんてNGだろう。
そして、屋上に近いこの踊り場に陣取っているのも完全にダメだろう。
病院の人に見つかったら絶対に怒られる。
しかし、非常階段に面した鉄製の扉が開きやしないだろうかとビクビクしているのは、どうやら俺だけのようだ。
登也先輩と緋南先輩は街のあちこちを指差したりしながら会話を交わし、そして大浦琴羽は静かに街を見下ろしている。
それはそうと、この三人組、見れば見るほど訳の分からない組み合わせだ。
双子の千歳兄妹がこの場に居ること、まず、それが訳が分からない。
この千歳兄妹は俺たちの東高では相当な有名人だ。
兄妹とも、それぞれが属する部活動ではエース級の活躍を見せていて、毎月のように何かの対外試合で大活躍しては全校集会で表彰されている。
ルックルについてもそれぞれが相当に人目を惹くほうだ。
兄である登也先輩は180センチを超える身長に筋骨隆々という言葉が相応しいガッチリした体格であり、相当な威圧感、いや、頼もしさを醸し出している。
その顔立ちにしても、格闘漫画の主人公、あるいは戦国時代を描いた漫画の主人公のように目鼻立ちがクッキリとしていて如何にも男っぽくて力強く、そして、凛々さもまた兼ね備えている感じだ。
性格は所謂沈思黙考タイプ、かと言って孤立してるなどという訳じゃなく、部活の後輩等への面倒見も大変に良くて人望も篤いらしい。
そんなんだから、女子の間で密かに絶大な人気があるとの噂が流れてるし、女子はおろか一部の男子からは「登也のアニキ」などと崇拝じみた人気も集めているとの恐ろしい噂すらある。
そして、妹の緋南先輩にしたら、俺も含めた全男子の密やかな熱視線を集めているといっても言い過ぎじゃないだろう。
170センチはあろうかという長身に凹凸のメリハリある抜群のプロポーション、背中の真ん中程度まで伸ばした茶色がかったロングの髪、陸上部であるはずなのに雪のように白い肌、そして、二重瞼もぱっちりした大きな瞳にぽってりとした唇が一際目を惹くモデル並みの小さな顔と、そのルックスは兎にも角にも完璧過ぎるのだ。
大人っぽさの中に絶妙な加減で幼さを残してるって感じだし、体型はスリムな上に胸も人目を惹き付けるほどに大きいという、もう最強としか言いようのないルックスだ。
その上、弁も立つそうだ。
一年の時の弁論大会では二年生・三年生の先輩が居並ぶ中で圧巻とも言えるスピーチを披露し、全教師も全校生徒も涙の海へと叩き込み、学校史上初の満点を取得してブッチギリで優勝したとのこと。
ついでに性格も優しくて、とにかく、相手を褒めることが得意らしい。
それもおだてるとかって言い方でなく、相手の良さをきちんと踏まえた上で、上から目線でなく寄り添うような感じで褒めるようだ。
そのためか、校内で緋南先輩を妬んだりする人は全くと言っていいほど居ないらしい。
そんな緋南先輩に思いを抱く男子は少なくない。全校の男子の憧れであると言っても過言では無いだろうし、女子の間でも密かにファンクラブが結成されているというのが専らの噂だ。
男女問わず、緋南先輩のことを『東高の女神様』とお呼びしているし、『緋南先輩親衛隊』が秘密結社の如く校内に存在し、そして暗躍しているらしい。
そして謎なのが、この双子の兄妹は、殆ど一緒に居ることだ。
クラスこそ違うものの、休み時間の度に廊下にて二人で談笑し、昼休みには屋上にて一緒に弁当を広げる。
そして、登下校も必ず一緒。
『双子の兄妹』というのはカムフラージュであって、本当のところは許嫁などではないかという噂すら、まことしやかに囁かれている。
そんなんだから、それぞれが密かに絶大な人気を誇ろうとも、誰も二人の前では、それを面だって口に出したりできないのだ。
緋南先輩に告白した男子が、登也先輩に体育館の裏へと連行されボッコボコにされ、いつの間にか転校したという噂、あるいは登也先輩にバレンタインデーのチョコを渡そうとした女子が緋南先輩に旧校舎の女子トイレへと連行され、三時間に渡って尋問やら説教やらを賜り、次の日は学校を休んで号泣し続けたという噂もある。
その噓の真偽の程は分からないけれども、でもいずれもさもありなんと思わされてしまうほど、この双子兄妹先輩は魅力的で仲睦まじいんだ。
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