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「本当に大丈夫? 前の娘みたいにならないといいけど。私が準夜勤じゃなければ一緒に夜勤しても良かったんだけどね……」
「ありがとうございます。お気持ちだけでも嬉しいです」
前の娘とは、私がやってくる前にこの病院で働いていたという看護婦のことである。只埜さんの話では、夜勤を担当した次の日には連絡が取れなくなって、無断欠勤が続いていたらしい。
院長である真城先生は、彼女が勝手に仕事を辞めてしまったと判断して新しい看護婦を募集、私が採用された。
どうやら前の看護婦さんのこともあって、私が一人で夜勤をすることを心配してくれていたようである。
「取り敢えず、真城先生の奥さんを隔離している保護室には近づかないようにね。噂では前の娘は保護室に入ってしまったことが真城先生にばれて殺されたんじゃないかって言われてるし……」
「き、気をつけます」
思ったより物騒な噂話に、私はたじろぎながら返答する。そんな私を見て只埜さんはくすくすと笑った。
「噂の方は流石に事実ではないだろうけどね」
━━脅かさないで欲しい
お茶目な冗談に私は苦笑いになる。
「真城先生の奥さん、写真を見せてもらったことあるけど美人よね。ちょうど典子ちゃんみたいに黒髪でね。典子ちゃんと違って猫目だったし、髪の結い方は半結びだったけど」
真城先生の奥さんである奈留美さんの写真は、私も見せてもらったことがある。私程度では比べものにならないくらい綺麗で、どこか儚い雰囲気を醸している美人さんだった。
だけど、只埜さんの話はなにかが私の認識とは違っている気がする。何かが違うということは分かるのにその何かが分からなくて、私は喉に魚の骨が刺さったような違和感を感じた。
きっと、私は写真を少しだけしか見ていないから、記憶が曖昧で認識に誤りがあるのだと思う。
「あら、もうこんな時間。帰る準備をしないと」
取り出した懐中時計を確認して、只埜さんがぽつりと呟いた。
その言葉に私も同じように懐中時計を出して確認すると、時刻は準夜勤である只埜さんの勤務終了時刻である零時四十五分を示していた。
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