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【白井 典子/二時三十分--】
チリーン……チリーン……
怖がりながらも一回目の巡回を終えて、少し涙目になりかけて看護婦詰所に戻って来た私を待っていたのは、繰り返し鳴らされる詰所の外に取り付けられた呼び鈴の音だった。
患者さんからの呼び出しである。
「……またここから離れないといけないの?」
口から思わず愚痴が溢れてしまう。せっかく明るい場所に戻って来れたのに、再び薄暗い中を頼りのないウォールランプとカンテラの灯りだけで進まなければならないと思うと憂鬱になる。
重い足取りで病室を確認しに向かい、弁が開き病室の番号が表示されたプレートを探す。どうやら二〇一号室からの呼び出しらしい。
「二〇一号室……稔ちゃんたちの部屋から?」
二〇一号室は、二階の階段から出てすぐの部屋で、最近勤め始めたばかりの私にもすぐに懐いてくれた緑野稔ちゃんと工藤偲月ちゃんの二人が入院している。先程巡回で病室に行った時には、二人ともぐっすり眠っていた。
━━部屋を出た後になにかあったのだろうか……
再びカンテラを手にして、とりあえず二〇一号室へ向かうことにした。
真城精神病院。それは珍しくも、精神病患者の治療および比較的安い入院費での保護を目的とした病院。入院費が安い理由は、座敷牢に収容して世話をする費用よりも安くすることで、少しでも多くの患者さんを保護するためらしい。入院している患者さんの大半は子供である。
この病院に入院している以上、これから向かう病室にいる二人もまた精神病を持っている。稔ちゃんは過去の体験から男性への過度な恐怖症を持ち、偲月ちゃんは一人になった時に度々狼狽して発作を起こすことがある。
二人はいつも仲良く同じ寝台で寝ているため偲月ちゃんの発作が起きるとは思えない。
今は夜で患者さんは皆寝静まってる上に夜勤は私だけのため、稔ちゃんの症状の原因となる男性との接触はまずないはずだ。
いろいろ考えながら向かっていたおかげか、薄暗い中を歩くことへの恐怖感も感じることなく、いつの間にか二〇一号室の前に辿り着いていた。
「偲月ちゃん、――」
コンコンと扉を叩き、そっと開けて中に入る。
呼び出しを鳴らしたのは偲月ちゃんの方だろうと考え、入室と同時に声を掛けようとした私は、いきなり誰かに抱きつかれた驚きで固まってしまった。
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