黒き喪失

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それから暫く、一階と二階を調べたけど(みのり)ちゃんの姿は見当たらなかった。一階の保護室は忠告もあって近づいていないけど、保護室の扉には真城(ましろ)先生しか番号を知らないダイヤル式の錠で施錠がなされているため、中に入ることはできない。 三階を捜そうと階段を上ろうとしたその時―― ギシ……ギシ……と三階から誰かが下りてくる音が聴こえてくる。 大人の患者さんと中高生の患者の子たちは三階の病室が割り当てられている。もしかしたらさっき聴こえた足音と同じ患者さんかもしれない。 「どうしましたか? 何かお困りのことでも――」 カンテラを前に掲げて出来るだけ階段の先を照らしながら声を掛けようとした私の言葉は、途中で途切れて続かなかった。 ウォールランプに照らされた影が現れ、続くようにそれは階段の角から姿を現した。 まず見えたのは女性の横顔。顔は髪に隠れて見えなかったけど、その髪は病的に白く染まっていた。 階段の曲がり角に手を掛け、女性は尚もゆっくりとした動きで髪と同じように真っ白な着物に包まれた体を暗闇からぬっと出しながら、顔を私の方へと向ける。暗闇の中でもはっきりと分かる程にギラギラと輝く深紅に染まった瞳が私を捉える。彼女を見た瞬間、私が只埜(ただの)さんの話で感じた違和感が何なのかを理解した。 写真の女性の髪は白かったのである。 女性は、言葉にならない声を発しながらこちらに向かって歩き始めた。迫ってくる彼女の、話も通じそうにない異常さと、あまりの恐ろしさに私は悲鳴も出せずに固まってしまった。そんな硬直して無防備な私に、女性の手が触れようとしてくる。 はっと我に返ると、迫りくる手を咄嗟に避けて私は脇目も振らずに階段を駆け下りて玄関へと走った。手を避けたあの瞬間、自分の中から何かが喪失したような違和感を感じた。まるで何かを忘れてしまったようか感覚である。 一心不乱に玄関を目指し、早くここから出て逃げようと、私は扉の取っ手を握った。
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