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私は何かを探すふりをして、やがて困ったような顔を作り、偲月ちゃんと向き合う。
「ちょっと忘れ物しちゃって、すぐに戻って来るから待っててね」
「それなら一緒に――」
私と一緒に行こうとする偲月ちゃんの言葉を遮って、玄関の扉を閉めて急いで施錠を行う。
「お姉ちゃん! 開けてよ、お姉ちゃん! お姉ちゃん!一人に、しないでっ……」
トンタンと扉を叩く音と、狼狽した偲月ちゃんの懇願の声が扉越しに聴こえる。声の感じからして泣いているのだろう。
この病院の病室は、患者が閉じ籠った時すぐに開けられるように、扉の外側にもサムターンがついている。けれど、女性は鍵を解錠するのではなく、壊して病室に入って来た。女性の様子から分かってはいたけど、彼女は何かを考えられるほどの理性はないと思う。
玄関の扉は女性を隔離していた保護室の扉よりも頑丈である。病室の時のように鍵を壊して出るなんてことはできない。
つまり玄関を閉めさえすれば、女性は外に出れず、外に被害が広がることはなく、偲月ちゃんが追われることもない。
玄関の鍵は先生が持っているため、今すぐに閉めるには内側に残り、鍵を閉める必要があった。
偲月ちゃんの泣き叫ぶ声が扉越しに聞こえてくる。つられてなのか、これから自分の身に起きることを想像してなのか、涙が溢れてくる。
ごめんね、偲月ちゃん。
嘘ついて持病のあるあなたを一人置いてきた私を許して欲しい。
ごめんね、患者さんたち。
偲月ちゃんと、顔も知らない人たちのために、私は彼女を院内に閉じ込め、あなたたちを私と共に犠牲にする。
……。
こうして感傷に浸かっていたいけど、私にはまだもう一つやることがある。どうせ院内にいる以上はいつかあの女性に捕まる。なら確かめておきたいことがあった。
私は玄関を離れ、女性が来ない内に目的の場所へと向かった。
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