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「外に一緒に行こうね」
彼の瞳が揺れた気がした。でもその心のうちを、私は知ることができない。彼は、私が何もかも知ってしまったことを知らない。
「コンビニとか、リハビリがてら行きたいな」
楽しそうに言えただろうか。彼の表情は見えない。頑張ってそうしているのか、それとも慣れてしまったのだろうか。
「……うん」
彼は悲しげに微笑みながら頷いた。
「でもまずは、掴まり立ちから頑張らないと、な」
食器の片付けに戻りながら、彼は言う。彼はまだ、私がもうそれなりに歩けることを知らない。食器をお盆に乗せ終えた彼は、それを持って扉へ向かった。
「……何かあったら、呼んで」
私を気遣う優しい言葉に、私も笑顔を浮かべて頷いた。彼は少し安心したような顔をして、ゆっくりと部屋を出ていった。
「……うそつき」
閉まった扉に向かって呟く。
私だって嘘を吐く。彼が教えてくれるまで、知っていることは絶対に言わない。
いつか……彼は教えてくれるだろうか。この二人だけの世界は、いつまで続くんだろう。歩けることを、全て気づいていたことを、いつか伝えたとしたら、彼は一体どんな顔をするだろうか。
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