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彼女の場合
目が覚めた時、ここは病院だと思った。真っ白な部屋も、少しひんやりとした空気も、ちっとも現実味がなくて、漫画とかでよくある、事故に遭って目が覚めたら病院でした、な展開かなって。
でも、それにしては静かすぎた。まるで世界に、自分しかいないみたいな、ちょっとゾッとする空気。
起き上がろうとすると、思いの外体が重くて、いうことをきかなかった。やっとの思いで上半身を起こす。脚を動かすには、力が足りない。着ている服は知らないパジャマ。手足が伸びた感じがする。胸も、少し大きくなったかな? 急に成長した理由がわからないけど。
私は松本希。歳は十四。学校から帰る途中だったような……? 自分のことを思い出そうとしたけれど、途中で朧げになってしまう。頭も痛い。
辺りを見回す。病院ではなさそうだ。保健室でもなさそう。何か手がかりはないかと、動ける範囲で探してみる。ベッドのマットレスを持ち上げようとめくったところに、タグが縫い付けられているのを見つけた。
「コールド……スリーパー……?」
書いてある英単語を口の中で呟いてみる。何のことだろうと思う前に、外で物音がした気がして、驚いた拍子にマットレスから手が離れてしまった。思いの外大きな音を立ててマットレスが沈み、扉が勢いよく開く。
駆け込むように入ってきた男の人は冴島努と名乗った。ご丁寧に、漢字まで。ここはどこか教えてくれて、なぜここにいるのかも淡々と教えてくれた。彼を信用していいのかはわからなかったけど、家族を探してくれると言った彼は、悪い人ではないように思えた。
毎日食事を運んでくれて、話し相手になってくれる。その人は、尋ねると看護師だと言った。怖がらせないよう、注意を払ってくれているのがなんとなく伝わって、好感が持てた。
でも、多分、看護師というのは嘘だ。
***
何度か話をしても、彼の言うことをどこまで信じていいのか、やはり私には判断がつかなかった。情報が少なすぎる。誘拐とかも考えたけど、それにしては危険なことをされる風でもなく、何より気遣われているのがすごくわかる。悪い人ではないのだ。それだけしか、わからない。
「……コールドスリーパー」
マットレスのタグを指でなぞりながら、呟く。彼から聞いた、災害があったことやここはシェルターだと言う話は、多分本当なのだと思う。でも、だからと言って、コールドスリープは非現実的すぎる。それに、それをしなければならないほどの災害って……。想像しようとして、ゾッとした。考えを振り払うように首を振る。災害の度合いについては彼にも聞いてみたけれど、彼もすぐにシャルターに入ってしまったらしく、規模はわからない、とのことだった。
とにかくこの部屋から出なくては。私が出した結論はこれだった。情報が欲しい。せめて部屋から出られれば、自分で情報を集めることもできる。車椅子には一人でも乗れたけど、ドアの開閉はできない。できるのは部屋内の移動くらいだ。部屋にはトイレとかもあって、部屋の中で生活する分には困らない。でも、情報は得られない。
彼に何か本を持ってきて欲しいと頼んでみたこともあったけど、シェルター内にあったと言う適当な小説や漫画、農業系の専門書くらいしかもらえなかった。看護師だと言った彼に歩く練習をしたいと伝えたこともあった。その時はすごく困った顔をして「無理しないほうがいいから」とやんわり拒否された。私に歩けるようになって欲しくないんだと思ったけれど、彼の気遣いから早く良くなって欲しいような空気は感じられて、なんか変な感じだった。
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