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「何おふたりはしゃいでるんですか?」
突然の第三者の声に、ギクリ、と心臓が音を立て驚いた。
身動きが取れなくなってしまったこの空気感に、一石を投じたのは、私と同じデザイン室の後輩、曽根薫ちゃんだ。
不思議そうにしている表情、良かった、話を聞かれてはいないらしい。
焦り半分、助かったという気持ちが半分。
流されかけた思考を、パッと彼女に切り替える。
危うく、空木くんの緩やかに甘い毒に引っかかってしまうところだった。
空木くんも、元通りの仕事上の立ち振舞いにシフトチェンジしたのが分かる。
「水曜の夜、空いてます?この前言ってたワインバル、どうかなと思いまして!」
煌めく笑顔を振りまいて、楽しそうに提案する薫ちゃんは仲の良い後輩で、こうやってノー残業デーである水曜にはよく飲みに行ったりする。
『やった、楽しみにしとく。』
「良かったです〜!あっ、空木も来なよ〜!」
楽しみが出来た、と上気分で、Googleカレンダーに予定を入れようとしたとき、彼女が高いテンションのまま付け足した名前に、ドキ、と身体が小さく跳ねた。
薫ちゃん、余計なこと言わなくていい。
確かに同期の2人が仲良いのも知ってるし、よく飲みに行ってるのも知ってる。
でも、今回ばかりは、やめてほしい。
そりゃあ、先輩である私と同期の空木くんがセックスをして気まずいです、なんて何も知らない薫ちゃんには関係のないことだけど。
ここは、空木くん、どうか断って。と脳内で両手を握りしめて強く願う。
「え、行く行く。」
しかし、彼は私の思いを一切汲み取る事なく、軽く承諾をした。
『わ〜…楽しみにしとく。』
隣で私は、さっき1度吐き出した台詞をもう1度使い回すくらいには、動揺してしまっている。
駄目だ、25歳にもなってこんなにも動揺し続けるのは体力的にもしんどい。
水曜、事勿れ主義で乗り切ろう。
もう道はそこにしか残されていない。
薫ちゃんが来たことを良いことに、私はノートパソコンとスケッチブックをサッと抱えて、席を離れた。
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