犬にはマタタビ、猫にはドッグフード

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あるよく晴れた日の夕方、僕はマンションに帰る道を歩いていた。 気がつくと、迷い犬がついてきていた。 プードル系の子犬だ。ちなみに雌。 首輪などはつけていない。 いつまで歩いてもついてくる。 立ち止まると足に体をすり寄せて来る。 かなり薄汚れているが、一時的に保護することにした。 とりあえず近くの交番に届け、保健所に連絡した。 SNSでの告知その他できることはしてから、犬猫病院につれて行った。 ドッグフードを買い、室内で飼うのに必要なものも揃えた。 無駄に終わるかもしれないが、数日とはいえやむを得ない出費だ。 子犬は全身を綺麗にしてもらってから部屋で飼い始めた。 それまで吠えたり鳴いたりしなかったおとなしい犬が、部屋に落ち着くと初めて鳴いた。 「にゃ~」 僕はずっこけた。 見るとドッグフードを全く食べていない。 もしかするとと思って急いでキャットフードを買ってきた。 キャットフードを与えると子犬はガツガツと食べ始めた。 こいつは猫なのか?どうみても犬だし、病院でも犬として扱っていたし… 猫の生まれ変わりか。 本当は猫で犬の形に生まれてしまったとか。 猫と犬との愛の結晶かも(*^_^*) 本人(犬)が自分は猫だと思い込んでいる。 猫に育てられた犬。 新種の猫犬。 う~~~ん。悩む。 これはどうでもいいことではない。 餌も違うし育て方も違う。 取り扱いもマンションの規則も違う。 幸い僕の住むマンションは、届けておけば別にどっちでも問題はない。 が、はっきりしてもらわないと困る。 犬か猫かの判定のためにやった、主な実験結果は以下の通りだ。 犬用のガム → 興味を示さないか猫のように手(前足)で猫パンチして遊ぶ 猫じゃらし → 猫そっくりの反応 ものすごく好き 爪とぎ → 時々爪を研いでる 買ってきて良かった これは犬のような猫だと思った決定的な出来事がある。 猫のようにタンと机に飛び乗って甘えてくるのだ。 これは困った。 下手にベランダに出せない。 鳴き方も完全に猫であることがしだいにはっきりしてきた。 さあ決定的な証明をしよう。僕は決心した。 最後の判定手段としてマタタビを使う。 反応は単純。気持ちよさ気に酔っ払った動作は、猫そのものだった。 猫に決定か。 蚤もとってもらったので、とりあえず一緒に寝ることにした。 こうして奇妙な犬猫との共同生活が始まった。 さて残った問題だ。 いつまでたってもどこからも何の連絡もない。 当面このまま飼うしかないので外見犬・中身猫の不思議な動物に名前をつけよう。 犬でも猫でも通用するように属名とは無関係な名前にすることにした。 (案1)記号 α β γ δ ε… (案2)惑星など 水星 金星 地球 火星 木星 土星 月… (案3)アイデアが出ない… 結局、アルファという名前にした。ギリシャ文字のαだ。 名前をつけると、本格的に家族の一員になった気分だ。 まずは飼い主気分で散歩に連れて行こう。 奇妙な感じだ。 犬用の首輪にリード。散歩中のアルファは概ね犬のようにトコトコ歩く。 匂いは犬のようで、散歩中の他の犬が寄ってくると、外見がプードルのアルファは、猫のようにすごい形相で威嚇する。 まれに猫がいるとアルファは近づこうとするが向こうが逃げていく。 プードルの姿形をした猫はあちこちでごくマイナーな問題をしでかす。 だがそれも楽しみ。というよりすぐに慣れてしまった。 散歩ですれ違う人たちも、犬の散歩者仲間として会話を交わすようになった人たちも、全然気にしていない。 多少変な犬であっても他人の領域には踏み込まない、適度な距離感が心地よかった。 そんな平穏な日常が続いたある日、アルファの具合が悪くなった。 ぐったりして熱がある。 キャットフードを食べないので、刺身を買ってきたが匂いを嗅いで舐めるだけ。 水だけは舐めるようにして飲んでくれた。 医者に連れて行っても、原因不明。 考えられる検査は全てしてもらったが分からない。 アルファは日々苦しそうになっていった。 僕は付きっきりで看病した。 アルファはもう死ぬんじゃないか。毎日そう思った。 せっかくの出会いがあって一緒に暮らすことになり、こんなに仲良くなったのに、辛い日々が続いた。 アルファは鳴くこともなくなった。 僕は眠れそうもない気分が続いたが、無理矢理寝ることにしていた。 僕が倒れたら誰もアルファを看病してくれないからだ。飼い主には自分の身体にも責任がある。 ある日、にゃ~、にゃ~という声に起こされた。 僕は寝ぼけながら半身を起こそうとしたが、急にパッチリと目が覚めた。 アルファ、元気になったのか、治ったのか! ガバッと起き上がった僕は声の主を見て固まった。 それは三毛猫だった。ザラザラした舌で僕の顔を舐めてくる。 もちろん見たことのない猫だ。でも声は犬のアルファにそっくりだ。 プードルのアルファはどこへ行ったんだ? やっぱりアルファは本当は猫で、本来の姿に戻るために苦しんでいたのだろうか? ともあれ「アルファ!元気になってよかった!」 そう言って猫を抱きしめるとアルファはあらぬ方向を向いた。 そっぽを向くなよ冷たいなぁと思ったが、とことこやってくるプードルのアルファがそこにはいた。 そして僕の足元にくると「わん、わん」と吠えた 猫のアルファは素早く僕の腕をすり抜けると、犬のアルファに体をこすりつけた。 2匹でじゃれあい、身体を舐め合っている。 そうか、お前たちは2匹が合体していたのか。 野良としての辛い日々を、少しでも楽に過ごすためにそうしてたんだな。 僕は犬と猫の2匹を抱き上げて頬ずりした。 さて名前が必要だな。どっちをアルファにしようか。 外見プードルをアルファにしたのだから三毛猫はベータにしようか。 猫はいいよとでも言うように「ミャー」と鳴いた 本物のプードルに戻ったアルファも「ワン」と応えた ベータは雄だった。きっとアルファと夫婦か兄妹のように助け合って生きてきたんだろう。 でもこれからは本当の意味で3人一緒に暮らすんだ。 忙しくなるなぁ。いろんなところに届出を出して、ベータも病院に連れて行って。 アルファのドッグフードやベータの寝床も買ってこなくちゃ。 ベータのねぐらはしばらくは段ボール箱かな。見えなくなるとアルファが怒るだろうか。 ついこの間までの一人暮らしからは信じられないようなにぎやかな一家ができてしまったなぁ。 ちなみに僕の名前はオメガと言うんだ。ギリシャ文字の最後の文字。 ちょっと変な感じもするが、本名だからしょうがない。でも気に入っている。 ま、僕が飼い主で2匹の衣食住の面倒をみるんだ。衣はとりあえず無いけどそのうち買ってやろう。 その夜僕ら3人、プードルのアルファ、三毛猫のベータと人間の僕オメガは一緒に僕のベッドに入った。 アルファとベータは隣同士で仲良く並んでる。 家族っていいなぁと思う日々がしばらく続いた。 そんな幸せなある日、僕は三毛猫のベータに顔をペロペロ舐められて起こされた。 ザラザラしているのであまり気持ち良いとは言えない。 よしよしとベータの背中を撫で、顎をくすぐってやった。 ふと見るとプードルのアルファがいない。 ゆっくりと起き上がって探し始める。 「アルファ、アルファー、どこに行ったんだ?」 すると「わん、わん」という声がする。 「なんだそこにいたのか」と振り返るが三毛のベータしかいない。 きょろきょろと見回してもプードルのアルファは見当たらない。 再び「わんわん」という声。 犬が吠える声の主は三毛猫のベータだった。 僕は固まってしまった。うそだろ。 でも猫のベータは「わんわん」と吠えている。 僕はぺたんと座り込んでしまった。 今度はベータの身体にアルファが入り込んだのか。 多分周期的に身体を交代するのだろう。 身体が1匹分ならごはんも1匹分で済む。 生き延びるための知恵なのだ。 でも今は僕という飼い主と住む部屋と食事も水もある。 いつか犬のアルファと猫のベータが、2匹に安定して分離する時が来るだろう。 その日が来ることを信じて僕は犬猫のアルファ・ベータを抱き上げた。 アルファ・ベータは僕の顔を一所懸命ペロペロと舐め回し続けるのだった。 ザラザラしていたが気持ちよかった。
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