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「で。このセミは、何をどうやってセミモドキにしちゃったんですか?」
「そうさなあ……細かいことまで説明すると三回くらい夜がきちゃうから省くけど、もうとにかくいろいろ頑張った! 硬さとか艶とかしっかりした角とか……カブトムシらしさを消すのがあんなに大変だとはなー。特に背中。なかなかセミの翅にならなくて」
「まあそもそもカブトムシってセミになるべきじゃないですからね」
「だろうねえ。俺もそう思う」
眼前に写真をかざし、じっくりと観察する。水っぽいその身体に足りない明らかな何かを私は探していた。
「ギブ? ねえ、ギブ?」
「…………ギブです」
再び写真をテーブルに置く。先輩は「まあ見た目じゃわかんないからねえ」と言いながら自身の喉を指さすと、
「鳴き声」
と言った。
「いや、そもそもカブトムシって鳴くんですか?」
「あらまあ、知らないの? 鳴くよ。ぎゅうー、ぎゅうー、みたいな感じで」
「へえー」
その他もちょこちょこ足りない部分を作ったんだけどね、まあ一番消したかったのは声だったから。写真を引き出しの奥にしまい込み、しかし先輩は説明を続けていた。先輩の行った変異がどういう仕組みで成り立っているのか、正直に言えば私はよくわからない。そして先輩自身それでいいと思いながら私へ言葉を重ね続けているのだろう。
「いい加減、思い通りに全部、きれいさっぱり消せるようになりたいなあ」
先輩がぽつりと呟く。
「ええ、期待してますよ」
彼の目を見ながら私が力強く返す。
「……うん。俺の欠如した倫理観に任せろ」
そうして笑顔で差し出しされた先輩の右手の小指に、私は自らの六本目の指を絡ませる。
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