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「何があったんです? 悩みがあるなら、私に話してしまうと楽ですよぉ」
茶目っ気たっぷりに沢城さんが迫る。楽になるだろうか。いや、そんな気は全くしないのだが。でも、ここが居酒屋でなくてよかった。お酒でも飲んでたら、思わず言ってしまいそうだ。
僕は笑みを浮かべて返す。沢城さんの笑顔には勝てないけど。
「ありがとうございます。でも、大丈夫です」
「そうですかぁ。残念」
沢城さんは、前髪をつといじる。整髪料でふわりと固めてあったものを手櫛で取るようにして、少し額にかかる。それを何とはなしに僕は見つめていた。
「先生、ちょっと僕とドライブしませんか?」
「え? なんで……? ドライブしても、何も話しませんよ」
沢城さん、仕事中なんじゃないのか。あの車は沢城さんのかな。随分カッコいい外車なんだ。実はそれには少し気になっていた。僕は料理の次にロックと車が好きなんだよ。
「そんなこと思ってませんよ」
ホントかよ。
「先生、車好きでしょ。あんなマニアックな車乗ってるから、そうかなぁって。ご存知と思いますが、僕は自動車メーカーの技術者で。あれはモニター車なんですよ。海外の高級車を乗り回すにはいい立場でねぇ。どうです? 乗ってみませんか?」
僕は駐車場に停まっている沢城さんの車を見る。高級スポーツカー。僕もディーラーで色々試乗させてもらうけど、あれはまだだ。
「運転は、無理ですよね」
「ふふぅ。本当は駄目ですけど。N市にウチと提携しているコースがあるんで、そこなら運転もOKですよ」
運転できる! してみたい! そう思いだすと、もう僕を止めることは出来ない。大丈夫だ。沢城さんはノンケだし、少なくともヤバいことにはなりようもない。
「お願いします」
僕の答えに、沢城さんは満足そうに頷いた。
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