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第17話
男性限定料理教室の日がやってきた。ウキウキとビクビクの両極端で僕はその日を迎えている。
ウキウキはもちろん鹿島さん。今日はレッスン後、時間があるって言ってくれた。突然の呼び出しが無ければだけど。
そしてビクビクは美原さんと沢城さん。美原さんとは今日まで何もなかったけど、レッスン中になにかまたしでかすかもしれない。そんな爆弾みたいなとこ、美原さんにはあるよね。
沢城さんは自分でも言ってたように、いつも通りにしてくれるのかな。これは僕の方がちゃんとしなくちゃだよね。変に意識しちゃうとまずい。
「先生、今日のレシピ、何でしたっけ?」
松田さんがスーツを脱ぎながらそう言った。彼は銀行員なんだ。固い職業なんだけど、中身はとっても柔らか。関西人特有のギャグを言って場を和ましてくれるので、とっても有難い。
「松田さん、今日は冷たい豚しゃぶじゃないですか」
僕が言う前に小島さんが答えてくれた。夏が近づくと、どうしても食欲が落ちる。そんな時のためのメニューだ。他に茄子やトマトを使った副菜を作る。
例の三人もやってきて、全員揃った。毎回違った緊張感があるな、このクラスは。あ、半分は僕のせいか。
「では、始めましょう」
それでも僕はにこやかな笑顔を作り、そう言った。
「先生、片栗粉はこれくらいで大丈夫ですかぁ?」
沢城さんの質問だ。お湯にくぐらせるまえに豚肉に片栗粉をまぶす。あまりたくさんつけすぎるとお湯に溶けちゃって困るので、軽くまぶすのがコツだ。
「そうですね。ビニール袋に入れてやる場合は量に気を付けてください」
――――ひっ!
沢城さんの隣を歩くと、すっとお尻を触られた。でも、ここで顔見たりしたら他の人に気付かれる。鹿島さんは隣の調理台だけど、僕のこと見てるかもしれないし。
「片手がお留守ですね。粉は両手でまぶしてください」
お留守の腕を軽く掴んでそう言ってやった。
「はぁい。すみません」
いつもの無垢な笑顔を向ける。この人、ホントに食えないっ。
「お湯は沸騰したら、弱めの中火にしてください。吹きこぼれちゃうんで」
薄切りの豚肉、火はすぐに通る。通ったら氷水に付ける。片栗粉をまぶしているので箸でしっかりつかまないと滑り落ちてしまうんだ。調理台はしばらく、逃げる豚肉で大騒ぎになった。
でもみんな楽しそうだ。二種類のたれを作り、副菜の茄子とトマトの煮びたしを添えて出来上がり。
「いただきまぁす」
学生時代の給食時間のように食べ始める。こうして大勢でご飯を食べるのは本当に楽しい。
ところで、先週に引き続き美原さんは大人しい。あの事を今も気にしてるんだろうけど、もう忘れてくれていいのに。いや、忘れてくれ。僕も忘れたい。ついでに沢城さんとのことも。
僕の真ん前に、今日は鹿島さんが座っている。少し頬を赤らめながら、鹿島さんのことを見る。彼はそれに気づいたのか、照れくさそうに笑ってくれた。
――――んっ! 沢城さん……!
今日は僕の左隣に沢城さんが座った。いつも山崎さんが座るのに、何食わぬ顔で座ったんだ。山崎さんは怪訝な顔して、その隣に座った。別に定位置があるわけじゃないけど、自然とみんな座る席が決まってくるんだよね。
その沢城さんがしれっとした顔で、僕のモモ部分を撫ぜだした。僕はその手の甲を何食わぬ顔でつねる。すーっと何事もなかったように手が引っ込んでいった。ホントにもうっ! 絶対面白がってる。
――――えっ? どういうこと?
なんと、今度は右からも手が伸びてくる。一体どうなってるんだ。沢城さんのせいで席がずれて、美原さんが僕の右隣にいるんだ。美原さんまで僕を触りたいのか。さすがにため息が出そうになる。
でも、伸びてきた左手は途中で止まり、散々焦らしてそのまま戻っていった。
――――触んないのかっ。
て、なんでイラついてんだろ。でも、美原さん、やっぱり自制しようとしてるんだよね。なんだか気の毒になってしまった。
なんて思って彼の方を見ると、思わず目が合ってしまった。ヤバい。また誤解されるじゃないか。僕は慌てて前を見る。前方には愛しの鹿島さんが一生懸命ご飯を食べている。その可愛い姿に僕はキュンとした。
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