第2話

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第2話

 僕が男性限定の料理教室をやりたいと思ったのは、毎回女性たちに囲まれているのにちょっとだけ疲れたからだ。  意欲的に料理に取り組み、一生懸命な生徒さんばかりだけど、中には得物を狙う豹みたいな人もいて。  隙あらば僕の予定や個人情報を探ろうとしてくるんだよね。だから、そういう心配なしにできる男性教室を開きたかったんだ。  だけど……。どういうわけか思うようにはならなかった。生徒募集には、たくさんの応募があって、僕とスタッフで選んだ。  それが良くなかったのかな。年齢や職業にばらつきがあるようにしたんだけど、例のアラサー三人。どうしても僕の趣味嗜好が働いてしまった。  そうなんだよ。三人とも僕のタイプだったんだ。でもまさか、その一人からキスされるなんて思ってもみなかった。ただの目の保養のつもりだったんだよ。    鹿島さんにキスされてから、僕はもちろん意識した。彼はキスしてすぐ帰っていったけど、それが余計に気持ちを引きずられてしまって。次のレッスンの時、ちらちらと彼を見ては頬が熱くなる始末。 「先生、今日の副菜は何でしたっけ?」  僕がぼうっとしていると、弁護士の美原さんが尋ねてきた。眼鏡が良く似合う、背筋がピンとした人だ。鹿島さんはワイルドな感じだけど、美原さんはクールで几帳面な印象だ。黒無地のエプロンがよく似合ってる。 「はい。今日の副菜のメニューは胡麻和え、お味噌汁で、それぞれレシピを用意しています。後で手順をお伝えしますね」  鹿島さんはどう思っているんだろう。僕がこんなにドキドキしているのに、全然動じない様子でいつも通りに淡々としてるんだよ。 「あ、痛いっ」 「どうしましたっ!」  美原さんが勢い余って包丁で指を切ってしまった。魚を捌くのは難しいよね。 「こちらへ。絆創膏貼りましょう」  僕は隣の部屋に絆創膏を取りに行った。キッチンで処置しようと思ってたのに、何故か美原さんは僕についてきてしまった。少し戸惑ったけど、僕は事務室として使っている小部屋の椅子に彼を座らせた。 「お手数をかけます」 「いえ、大丈夫です。ティッシュで血を……」  僕は彼の指にティッシュを押さえつけた。血を止めるためだ。 「先生。鹿島さんと何かあったんですか?」 「え……な、何を」  いきなりの美原さんの問いに僕はびっくりした。 「今日、ずっと見てましたよね。それに、鹿島さんも様子が変だった」  鹿島さんはいつも通りだと思ってたけど。一緒の調理台で作業をしている美原さんには何かわかったのかな。つい僕はそちらに気がいってしまった。 「あ、なに……」  美原さんは僕が置いていた手の上から、ぐっと自分の手をかぶせてきた。 「僕のことも見てください」 「え? いや、僕は生徒さんには分け隔てなく……」 「そういう意味ではないです」  眼鏡越しのきらきらした双眸で見つめられ、僕はおたおたしてしまった。知ってたけど、整った顔は本当に綺麗だ。 「先生―! 終わりましたぁ」  キッチンから救いの声が。最年長の小島さんだ。ありがとう! (でも少し惜しい気もしたのは内緒。) 「はい、今行きます。美原さん、絆創膏貼りましょう」  そう言って、僕は慌てて絆創膏を貼ると教室に戻った。その後、何事もなかったかのように料理は完成した。けど、気のせいだろうか。鹿島さんと沢城さんの視線が強めに感じられたのは。
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