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第23話
僕の心臓の音が聞こえるかな。僕は自分の耳にそれが耳鳴りみたいになってうるさくて仕方ないんだ。
僕は今、鹿島さんの部屋にいる。雨が降ってきて、海辺のピクニックは中断。鹿島さんは車の中で僕にキスをしてくれた。
「俺の……家に来ないか。狭いところだけど……」
恥ずかしそうにそう言ってくれたんだ。僕はもちろん即答した。嬉しすぎだよ。
鹿島さんの家は、都内のマンションだった。彼の担当区内に住んでるのは、やっぱり事件現場にすぐ駆け付けるためだよね。
僕の教室(つまり自宅)とは隣合わせの区だ。両方とも新宿や渋谷みたいな繁華街はないので、田舎風景も残る場所。鹿島さんのマンションは住宅街の中にあった。
「珈琲淹れた」
「ありがとうございます」
もっと雑然としてるかと思ったけど、通されたリビングは整頓されて綺麗だった。部屋数はざっと見て2LKDといったところかな、僕がここに来て泊まるところありそう。えへへ、お泊りなんてまだ早いかな。
ソファーは二人掛けがテレビの前にあるだけで、自ずと僕の隣に鹿島さんが座る。凄く近くて幸せだぁ。あ、心臓の音聞こえちゃう。
「今日は楽しかったな。また行こう」
「はい。僕も楽しかったです」
「もう、敬語じゃなくていいよ」
鹿島さんの長い腕が僕のところに伸びてくる。ひゃああ、もう心臓もたないよ。
「体、冷えてないか。シャワー浴びよう」
鹿島さんは僕を抱きしめ、耳元でそう囁いた。僕は彼の背中に両手を回し、腕の中で頷く。すると、ふわりと持ち上げられた。
「連れってやるよ」
突然無重力の世界に放り込まれたみたい。僕の体は軽々と持ち上げられ、鹿島さんにお姫様抱っこされた。慌てて鹿島さんの首に縋りつく。
「重いですよ」
「まさか」
すぐ横に鹿島さんの顔があった。口角上げ、僕を見つめている。僕の心は爆発寸前、思い切り鹿島さんに抱き着いた。
ところが……。あんまりだよ。テーブルに置かれた鹿島さんのスマホが規則的な音を奏で始めた。マナーモードにすらなってないのは、仕事柄仕方ないんだよね。わかってるよ。それは。
「あ……」
僕を抱き上げていた鹿島さんの顔が凍り付いている。それだけで、僕はわかってしまった。
「ごめん、祥。緊急時しか、音はならないんだ。だから……」
緊急時ってことなんだよね。わかります。
「おろしてください」
「祥、あの……」
「大丈夫です。鹿島さんのお仕事のことは理解していますから。都民の安全のため、頑張ってきてください。でも、自分の安全第一でお願いします」
そんな僕の模範解答に、鹿島さんは無理な笑顔作りつつ、僕を下ろした。
「はい、鹿島です。了解。すぐ行きます」
すぐ行くんだ。そうだよね。だから連絡来たんだもん。
めちゃくちゃ寂しくて切なくて……僕は家路に着く。最寄り駅まで鹿島さんの車で行って、それからは電車。自宅に着いた時、僕の魂が迷子になって、抜け殻だったのは仕方ないことだよね。
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