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第25話
「先生、明日のレシピは何ですかぁ?」
いつの間にかエプロンを付け(いつも持ってるのか?)、例のごとく腕まくりをする沢城さん。前髪をササッと掻き上げるのは、僕のフェチを知ってのことですよね。もう、バレてますから。
「午前中はローストポークで、午後からはオレンジケーキです」
「え? 随分凝った料理ですね」
「上級者向けなので。沢城さん達のクラスも、もし二年目とかになれば、できますよ」
「いいなあ! 二年目、是非に!」
二年目も同じクラスとか、ちょっと重すぎます。僕は曖昧な笑顔で躱す。
さて下ごしらえを始める。まずは午前中のローストポーク、塊り肉に味付けをしておくんだ。一晩おくことで、しっかりと肉に味が染み込む。沢城さんは塊り肉にタコ糸を縛ってくれた。
「私、縛るの得意なんです。先生も縛りましょうかぁ」
なんてことを……。僕は図らずも真っ赤になってしまった。縛るとか……ちょっとだけ興味ある。
「馬鹿なこと言ってないで、肉縛ってください」
声が上ずったの、気付かれたかな。
「オレンジの輪切りは、手を切らないように気を付けて」
オレンジケーキに使うオレンジを砂糖漬けにする。そのために輪切りにするんだけど、スライサーでは薄すぎるので包丁で手切りだ。僕がやると言ったんだけど、沢城さんは面白がって自分でやりだした。
「美味しそう。僕もこれ食べたいなぁ」
「一つ試しに焼きましょうか? オレンジ、前漬けたのが少し残ってます」
「本当ですかぁ!? それは嬉しい!」
タネを作るのにそんなに時間はかからない。ハンドミキサーがあるのであっと言う間だ。沢城さんのお手伝い、正直助かった。落ち込んでいた気分も上がったし、そのお礼も兼ねたんだ。
「はい、じゃあ、これで焼きあがるまで待てば大丈夫。それまで珈琲でも飲んでましょう」
いつもの教室にある大きなテーブルで、僕らは珈琲を味わう。沢城さんは油断のならない笑顔で早速聞いてきた。
「残念でしたね、先生。でも、またデート出来ますよぉ」
「はい……。刑事ってお仕事は、そういうことだって、頭ではわかってるんですけどね」
「鹿島さんが羨ましいなぁ」
「え?」
「そんな切なそうな表情、先生にさせるなんて」
沢城さんは真面目な表情でそう言った。少しだけ口角を上げ、僕の目を見ている。なんだかどきんとしちゃう。
「そんな顔してもだめですよ。あ、出来たみたいだ」
部屋中にオレンジとバニラエッセンスのいい香りが満ちている。焼き上がりの音がしたので、僕はキッチンへと向かった。
「あ、あの……」
その僕の後ろから、沢城さんがバックハグをしてきた。僕の背中にぴたりと体を寄せ、耳元で囁く。
「私なら、先生にそんな顔、させませんよ。もう代打でなくて、スタメンに立候補しようかなぁ」
両腕に力が入り、僕の耳を優しく噛んだ。
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