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第26話
なんだか、足元がふらつく。頭もぼぅっとしてきた。僕、沢城さんのこと嫌いじゃない。でも、好きなのは鹿島さんなんだ。それに、これはそういうことじゃ……ないかも……。
「先生!」
僕はそのままキッチンルームに倒れ込んだ。
「38度5分。風邪かなぁ」
「すみません。沢城さん。もうお帰り下さい。朝になったらスタッフが来るんで、医者に行きます」
僕は熱を出してしまった。雨に濡れたのが良くなかったのかな。あの後、シャワーと鹿島さんに暖められればこんなことにならなかったのに。
「いや、もし夜中に急変したら大変だ。私は平気だから、先生は眠って下さい。もうすぐ解熱剤が効いてくるでしょうし」
「沢城さん……」
「お礼はキスくらいで負けときますからぁ」
「何言ってるんですか……」
僕の目の前で、イケメンが口角を上げてる。優しい眼差しだ。帰って下さい、沢城さん。僕は……大丈夫……。
朝の光が寝室に入り込んでいる。街路樹にやってきた早起きな鳥たちが、美しい朝を称えるように唱っている。僕はゆっくりと目を覚ました。
「あ……」
まだ少し頭痛が残っているけど、だいぶ楽になった。どうやら熱も下がったようだ。
「沢城さん!」
僕の寝室にはベッドの他に小さなテーブルと椅子が置いてある。そこにうつ伏して寝ている沢城さんがいた。
「あ、目が覚めましたぁ。おはようございます、先生。ご気分どうですかぁ?」
「ずっとついてて下さったんですか? あ、パジャマが変わってる……」
「ああ、先生、凄い汗掻いてたんで、そこのタンスから新しいの引っ張り出しました。悪いことはしてないですよ」
そうだったんだ。お陰でぐっすり眠れた。
「ありがとうございました」
昨日のうちに、僕は舞に電話をしておいた。彼女はてきぱきと事を進めてくれて、今日のレッスンは振替にしてくれた。つまりお休みだ。今日のうちに治さないと。明日のレッスンは絶対やらなきゃ。
僕はリビングまで下り、パンとコーヒーだけの朝食を沢城さんと一緒に取った。
「じゃあ、私は会社に行きます。もうすぐ舞さん? が来られるんですね」
「はい。本当にありがとうございました。このお礼は……」
と言って、上目遣いで沢城さんを見る。
「ふふん、たっぷりもらいます」
やっぱり。
「冗談ですよぉ。私はもっと正々堂々とつまみ食いします。あ、来られたようですね」
正々堂々とつまみ食いってどういうことだろう。そこで、インターホンが鳴った。少し早いけど、舞が来てくれたんだ。本当にありがたい。
沢城さんは装いを整え、鞄も持って玄関へと出て行った。舞は沢城さんがいること知らない。これは、怒られるよね。
けれど……世の中そんなに甘くないことを僕は思い知らされる。玄関から聞こえてきたのは。
「沢城さん! なんであんたここにいるんだよ!」
鹿島さんの驚いた声だった。
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