素晴らしい日々

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 右、下、右斜め下、Aボタン。私の必殺技が決まると同時、近藤が操作していた美女格闘家は、どこか艶めかしい悲鳴を上げながら倒れ、二度と起き上がることはなかった。  画面に私のキャラクターの名前、そして【WIN】の文字が表示される。にやにやと笑いながら近藤の顔を覗けば彼は、 「追い詰めかたがねえ、マジで卑怯。女にあるまじき卑怯さ」 「はっはっは、性別は関係ないね、何とでも言え! 格ゲーは突き詰めて真剣勝負。殺るか? 殺られるか? いいかい近藤、ひたすらに命を懸けろ」 「命っていうかハーゲンダッツだけどな。懸けてんの」  横並びで座る私たちの間には一枚のコピー用紙が置いてあり、彼は悔しそうにしながらも自ら一本の線を書き加えた。互いの名前の下には複数本の線が引いてあって、どちらもそれはもうすぐ【正】の字になりそうだ。私は残り二画、近藤は残り一角。 「ハーゲンダッツ、ハーゲンダッツ! いちご! キャラメル! グリーンティー!」 「あしたのお前が吹き出物で悲しまないよう、ここから俺が怒涛の攻撃でぶちのめして差し上げますからね。感謝しやがれよー」  近藤が再びコントローラーを握る。 「言ってろ言ってろ。私にはついてるんだよ、神様が」  私は軽く右手首を振りながら彼を煽る。 「ん? 神様?」 「うっわ、知らないの? ゲームの神様。タカハシさんって言うんだけど」 「いや神様じゃなくて名人だろ。いやまあ確かに神様みたいな人ではあるけど。連打の」 「ねー、速いよねー」 「速いよなあ。感動する。俺もいつかああなりたい」  対戦のカウントが始まる。私はコントローラーを強く握る。五秒前。四。三。 「なあ、お前きょう泊まっていけ」  一秒前。 「…………は?」  私の瞳が完全に近藤だけを捉え、 「わーははは! 今だー!」  近藤は美女格闘家を巧みに操作し、私のキャラクターをものの数秒で叩きのめした。スピーカーから私のキャラクターの悲鳴が聞こえる。「よっしゃー」と言いながら近藤がペンを握り、私の【正】の字をより完成に近づける。 「いや…………いや、いやいやいや。よっしゃー、じゃないから。なにそれ全然意味わかんないんですけども。はい?」 「スウェットくらい貸してやるって。タオルも。飯も出すし、風呂もトイレも自由に使っていいし」 「あの、それすら無理な状態で泊まれって言い出してたらさすがに頭おかしいと思いますけど……」 「あとでドラッグストア行くぞ。化粧水とか、なんかそういう細かいやつも必要だろ? あとお前が使う歯ブラシも買わないと。俺、基本的にストック買わない派なんだよなあ。ああ、そういうのは俺が金出すから。で、お前はハーゲンダッツをしこたま買うと」  近藤が軽く背伸びをし、「次で決まるぞ。絶対倒す」などと私をそそのかしてくる。  私は近藤の顔から目を逸らし、 「……ハーゲンダッツも、お前が買え」  そうして一世一代の真剣勝負に挑む。
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