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木曜日の夜、裕二と二人で、夜景の見えるレストランへやってきた。
「うわー、きれいねー。」
年甲斐もなくテンションがあがる。
しかし、なんだろ。この感じ。
気になるこのテーブル。2人分の用意ではない。なぜか、4人分テーブルにはセットされていた。向かい合って座らず、隣に座る裕二、どういうこと?
『誰か他に来るの?』
そう聞こうとした瞬間、裕二は立ち上がった。あわてて、私も立ち上がる。裕二の目線の先には、ウエイターとその後ろに裕二のご両親。大学時代に一度だけ会ったことがある。向こうは覚えてないと思うが。(うそでしょ。何これ。)
裕二が、
「今日は時間作ってくれてありがとうございます。いろいろ、迷惑かけて申し訳なかった。」
そう、両親に向かって言う。
「まあ、そのことはいいんじゃない。彼女にも悪いわよ。」
「あっ、いえ。」と、私は小声で言う。
(なにこれ、なにこれ、どういうことよ。裕二)
「まあ、食事を先に。」
と、お父さんが言うと、すぐにワインが出てきた。
「今日の主役はお嬢さんだ。彼女から。」
と、言われ、どうしようと思ったが
「あっいえ、お父さんから。」
(あっ、お父さんとか言って良かったのか?
もう、なんなの、どうしたらいーんだよー。)
「まあ、そう、気を使わなくていーんですよ。」
そう微笑みながら、スマートにワイングラスを持ち上げ、ワインが注がれる。
(はー、良かった。)
最後に、慣れない私はペコペコしながら、グラスにワインを注いでもらった。
運ばれてくるお料理のことが中心のなんとなく無難な会話、時折訪れる沈黙、未華子は、心の中では折角のお料理、もっと楽しく食べたい!などと思っていた。食事も進み、急にお父さんが、
「大学時代の同級生と聞いているが。」
と、私の方へ視線を向ける。
「ああ、少し話しておいた通りだ。友達期間が結構長くて、信頼のおける子だよ。」と、裕二が代わりに応える。
「そうか。まあ、それなら、裕二のことも良くわかってるんだろうね。ろくでもない男だ。」
「ひでえ言い方だな。」
「そうだろう。」
「そんなことないですよ。彼には彼のいいところが、沢山ありますよ。」
思わず、未華子は声を出してしまう。(しまった、面倒くさいことになるかな。)
「良いこと言うな〜。」
と、また頭をぐりぐり。
「ちょ、やめてよーもうー。」
なんだか、こんな場所で恥ずかしくて、顔が、赤くなる。
「そうか。うん、まあ、そう言ってくださるなら、そういうところあるんだろう。それで、裕二、どうするつもりだ。」
(どこまでも冷静なお父さんだわ。)
「しばらく、家に帰るつもりはないよ。仕事は今まで通りやって行くよ。彼女のこともあるし。」
そう、私のことを指す仕草をしながら続ける。
「彼女も仕事をしてるし、無責任なことできない立場だしね。先のことは正直わからない。けど、僕達は僕達のペースでやっていきたいんだ。」
(えっ?いったいなんのこと。)
「それはわかるけど、でもねえ、あなた。」
と、今度はお母さんが口を開いた。
「その、言いにくいけど、同級生ってことは、それなりの年齢でしょう。そんなのんびりしてる場合じゃないんじゃないの?」
「わかってる。」
「でも、よく考えてよ母さん。オヤジにろくでもないって言われるような息子だよ。ここ最近のことだって、馬鹿なことしてる。それでも彼女はわかってくれたんだ。そんな人なかなか居ない、そう思わないか?そんな彼女を大事にしたいんだ。」
(いったい、何言ってるんだろう?この人は。)
「まあ、そうだけど。でも彼女のことを考えればこそよ。その、適齢期が、ねえ。女性にとっては。とにかく、いつまでも、あなたの我儘に付き合わせては。」
(どうみても、お母さんは不満気味だ。)
「会社のことは兄さんがいるんだ。それで十分だろう。俺は俺で自由にやらせてもらうよ。」
「相変わらずだな。裕二。」
「お嬢さん、悪いことは言わん。こんな勝手な男の面倒を見る必要はないよ。」
(確かに。)
「いえ。その、私もそんな優れた人間じゃないし。皆さんからしたら、きっとろくでもないと思います。こんな私じゃあ相応しくないこともわかっています。だから、その…」
(どうしよ。何話したらいーんだろ。)
「まあ、今日は食事をしに来てくれたんだろ。それでいいじゃないか。」
裕二の一言で、お父さんは、
「そうだな。今日はお会いできて良かったよ。まあ、後の時間は、二人で楽しんでくれ。私達はここらで失礼しよう。」
そう言うと、もう用は済んだとばかりに立ち上がり、その場を去っていった。
私は、しばらく、二人の背中を見つめていた。そして、前の二人の席の片付けが終わる頃、席を代わろうと、ウエイターに声をかけ、私達は改めて向かい合って座る。その間、いったい、今日のこのことをどう文句言ってやろうかと、必死で考えていた。
「今日はごめん。」
先手を打たれた。
「どういうことよ。」
「どういこともこういうことも無い。」
「あっそ。」
なんか、言葉が出てこない。あの両親の威圧的な態度。いつもあんな感じなのかなあ。言葉にこそしないが、私のことをあきらかに観察しているあの目線。耐えられないなあ、私なら。裕二が結婚したくない理由がなんとなく分かった。あのプレッシャーを奥さんになる人に受けさせたくないんだろう。なんだかんだ裕二は優しい人だ。そんな気がした。そして、それをあえて問いただす気にはなれなかった。
「とりあえず、素敵な夜景に、美味しいご飯を楽しめたから良しとするか。」
「ありがとう。」
彼は、少しほっとしたような、困ったような表情で、私にそう言った。
彼は彼なりに、悩みがあるんだろうなあ。自由がありそうで、自由がないお家柄。羨ましいと思う人もたくさんいるだろうけど、きっと人には言えない奥深い闇。
次の日、いつものように屋上にいると、錦田くんがやってきた。また、たわいもないおしゃべりをしていると、突然。
「明日、明後日は?」
「どうする?」
彼が、私の顔を覗き込むように聞いてきた。なんか顔が、急ににやついてる。どうする?ってどういう意味だろ?
覗き込んだまま、
「木戸さんが好きだよ。」
と、突然の一言。ドッキー。ここに来て、この攻撃、完璧油断してました。まさかの顔が、みるみる赤くなる。それがわかって、さらに恥ずかしい。
「なかなか僕のこと信じてくれないのかなー。」
そう言って、立ち上がり去って行く。
はー、どうしよ。完全にやられてる。あの小悪魔め。この際、騙されてもいーから、のっかってみるか。その場だけでも、楽しかったらいーじゃん。いつの間に私ってばこんな臆病になっちゃったんだろうなー。そんなことを思いながら、時間をみて、あわてて階段を降りていく。
午後から、どうにも集中ができない。それでも、なんとかメール返信をこなそうとする未華子。
明日、明後日どうする?どうする?どうしよう。どこへ出かける?明日、明後日、って、急に泊まりってことはないよね。いや、いい大人だし。うー、9歳も上なんだぞ。大丈夫かな私、がっかりされないかなー。明後日なら空いてるって言おうかな。それなら、ほのぼのデートになるかな。年の差カップルなんて、世の中沢山いるし、羨ましがられちゃうかも〜いやーん。どうしよ。てへへ。
いや。そうだ、裕二の引っ越し、手伝うって約束だった。
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