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とっぷり日が暮れた。これまで、梢の間からのぞく夜空だったが、今宵は台地の上なので満天の星空を堪能できる。焚火を囲みながら、皆、アレが気になって仕方がない。
「この子、いつまでここに居る気なんでしょう?」
アルは弱り顔で溜息をついた。焚火の明かりから離れたところで、ギガノスが自分で調達してきた食事にありついている。バキバキと骨を噛み砕く音、ブチブチと肉を引きちぎり、咀嚼する音や鼻息などが聞こえてくるので、どうにも落ち着かない。『戻る』の笛を吹いたら、雄叫びを上げて拒否された。そっちにそういう権利があるのかと驚いた。
「どうやら、谷底にはディロがいるらしいなぁ。明日、谷に下りるときは香草が必要だな。嬢ちゃん、手持ちはあるか?」
干し肉を齧りながら、ムルジムはギガノスが食べているモノを冷静に観察している。ディロはヒトと大体同じ大きさの中型の肉食獣脚類だ。攻撃性が高く、アグレッシブで厄介な奴。ディロがいるということは、かつてファウンテン周辺で良く目撃されていた小型の肉食獣脚類ベロキもいるということだ。
「これまで全然使ってないから、一日分なら何とか三人分ありますよ」
白湯を啜りながら答える。そう言やぁ……、とムルジムが顔を上げる。
「ギガノスは、吸血羽蟲は大丈夫なのか?」
「翼竜種の血を吸うのはダニだけだから、羽蟲も香草の匂いも平気みたい。ジャカランダで実証済み」
「それはありがたい」
ムルジムは頷いた。
急に背後のゾッとする食事音に、カリコリという小さな音が加わり始めた。恐る恐る振り返ると、ギガノスの食べこぼしに屍肉漁りがうじゃうじゃと群がっていた。30㎝くらいのトカゲ型スカベンジャーだ。
うぷ……食欲失せるわ。
「ふうん。どおりで巣がきれいだったわけですね」
アルは感心して、ギガノスの食事風景に見入っている。よくもまぁ、そんなにじっと見ていられるもんだ。
(お父ちゃんは避役を追って森で死んだ。……まともな骨一つ、残らなかったよ)
唐突に母の言葉が脳裏に閃いて頭を抱えて蹲った。血と泥で汚れた太刀。紐の切れたお守り。次々とフラッシュバックして、気付いたら奥歯がガチガチ鳴るほどに震えていた。
向かいに座っていたムルジムが、いち早く私の異変に気付いてくれた。立ち上がって私の隣に座ると、夜露よけに肩にかけていたショールを頭にすっぽり被せて、胸に抱き寄せる。
「気が利かなくてすまんな。プルスんとき大丈夫だったから、もう平気かと思ったが、夜は……まずかったな」
焚火の炎越し、戸惑いと緊張をない交ぜにしたアルの表情が涙に滲んだ。私自身、もう平気だと思ってた。こんなことで一々心を動かしていたら、ハンターなんてやっていられない。森の生き物は、森の生き物の摂理に生きる。ヒトは森に入れば森の理に従うことになる。森で散った命は、森の糧になる。頭では、理解していたつもりだった。
思えば、怒りで荒ぶったままの魂で、ここまで来てしまったんだなぁ……。
ムルジムの胸は、日向の布団のような温かくて香ばしい匂いがした。
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