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翌朝、携帯香炉に火を入れ、ここのところ大分ご無沙汰だった薫りを胸いっぱいに吸い込んだ。やっぱり、この薫りに包まれると落ち着く。台地の崖をのぼって青白い光がフラフラと這い上がってきた。ああ、やっぱり、ここには居るんだ。ムルジムとアルにそれぞれ香炉を渡し、自分も腰ベルトに香炉を付けていると、バッフンという大きな音と生暖かい突風が来た。
「匂いが気になるのは解りますけどね、蟲ごと薫りを吸い込んだからクシャミも出ますって……」
振り向くと、首を振って鼻先に集る羽蟲を五月蠅そうに払うギガノスに、腰に手を当てて小言を言ってるアルの姿が視界に入った。なんだろう……、ギガノスって、子どもくらいの知能がありそう。
「嬢ちゃん、一晩寝たら、ちったぁ落ち着いたか?」
まとめた装備を背負ってムルジムが私の顔を覗き込んだ。
「はい。ありがとうございます」
笑顔で答える。
「ま、しんどかったら言え。その手のモンは、なかなか一筋縄で承服出来るもんじゃねぇからな。あの件では俺もまだくる時があるし、一番しんどいのは、フルドだ」
「フルドさんが?」
「みんな、フルドの責任じゃないって解ってるが、『水先案内人』のプライドはそれを許さない。だから、知らなかったじゃ済まないように、何でも知っておきたいんだとよ」
さて、とムルジムはアルたちに向き直った。
「地図があるとはいえ、谷底は全く未知の領域だからな。しっかりついて来いよ。ここで見た生き物、植物はしっかり目に焼き付け、メモしとけ。もし、標本が採れるんだったら、フルドへの手土産にするぞ。で、翼竜種の類を見たら、何を巣材にしてるのかもチェックしておくようにな」
「この子はどうします?」
アルがギガノスを指さした。ギガノスは首をかしげて、私たちを見下ろしている。
「……留守番でも……お願いしとくか?」
さしものムルジムも困惑顔でアルに返す。するとギガノスはまた「抗議の意」の雄叫びを上げた。慌てて耳をふさぐ。アルを背負った装備ごと咥えて自分の背中に放り投げ、ビックリして固まる私を見て蹲った。
「もー! 最初から蹲ってくれれば自分で背中に登ったのに! ヒドイ!」
重い装備になかなか起き上がれず、ひっくり返った亀みたいにジタバタしているアル。
ギガノスは次にムルジムを見て、どうしたもんかと思案している風だった。私が背中に登ると、顎をふってムルジムも自分の背中に誘う。
「ええ? そんなに乗れるかよ……」
ムルジムが後ずさりすると、ギガノスは首を突き出してムルジムの服の裾を咥えた。服を引きちぎられては適わないので、ムルジムも渋々とギガノスの背に乗る。さすがに大人を含めた3人搭乗は、ちょっとぎゅうぎゅう。それでもギガノスは何食わぬ顔でのっしのっしと台地の縁まで歩いていく。三人が固唾をのんで背中の羽毛にしがみついている中、ぐっと身を乗り出して谷底を窺うと、次の瞬間、落ちるように滑空していった。
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