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ズシンズシンと音を立てながら一匹のギガノスがこちらへ向かってきた。勝ったのはあの子だったらしい。ホッとして岩を下りる。ギガノスは、岩をぐるりとまわってこちら側に来た。翼の被膜は傷だらけ。口のまわりを中心に体液が飛び散っている。
相当派手にやりあってたもんなぁ。ケガを負っていなければよいのだけれど……。
心配しつつ様子を見ていると、ギガノスは、ある蘇鉄のてっぺん近くに頭を突っ込んで何かをついばみはじめた。
「あの木……ボクがパナセイアがあるって言った木ですよ」
「ええ? じゃぁ、この子ってパナセイアの効能を知ってて、吸血羽蟲の巣があるここに縄張りを据えたってこと?」
「頭いいなぁ。てか、アルの母ちゃんが教えたのか?」
ひとしきりついばみ終えると、ギガノスは自分の背中に頭を突っ込み、何かを咥えて地べたにドサリと落とした。さっき争った相手の、尻尾?
「すげぇな。お前、食いちぎったのか……」
勝者のトロフィーとして見せに来たの? こんな行動をする生き物を見るのは初めてだ。
ギガノスが踵を返したので、私たちは目配せしあって後を追うことにした。それぞれが装備を回収に行くと香草の薫りに魅かれてまとわりついていた吸血羽蟲がすっと潮が引くように離れていく。無意識に蟲の軌跡を目で追って振り返った。先程の尻尾に、早くも屍肉漁りを始めとする小型の肉食爬虫類が這い寄っている。そいつらは一度食らいつくと食事に夢中になるので、吸血羽蟲はそこを狙って群がっていく。予想外の光景に呆気に取られて目を奪われていると、ムルジムやアルも同じだったらしい。
「これは驚いたなぁ。あいつ、羽蟲を飼ってるのか……」
ギガノスって、みんなこんなに頭がいいのか。あの子だけが特別なのか……。
「ふん。さすがは『王者様』だ。喧嘩する気も起きねぇな」
ムルジムは肩をすくめて首を振った。アルと私は、言葉もない。
どうやらギガノスは、自分の巣に私たちを招待したかったらしい。芭蕉に囲まれ、芭蕉と蘇鉄の葉を幾重にも重ねた巣まで案内すると、自分は悠々と腰を落ち着けてくるりと蹲り、寝息を立て始めた。巣材にしている大きな緑の羽のような芭蕉の葉の間に、大人の手のひらほどの大きさの葉の草が挟んであるのを見つけた。これは……。
「タバコの葉、ですね。ボク、配達したことがあります」
「ラバーナムの翼竜種と一緒だわ。ダニよけの植物を巣材にしている」
さっきの空巣には棕櫚の葉しかなかった。もし、タバコも使っていたのなら、いくら草とはいえこの太い茎は残っていたはずだ。ってことは、巣材の選択は習性ではなく経験。
「それにしても、えらい暴れっぷりだったから折角の花畑もぐちゃぐちゃね」
踏み荒らされた草花に溜息をつく。それでもまた、いずれ茎を持ち上げて花を咲かせる。台地の花々は逞しいのだな、と思っていたら……蜜蟲の羽音が耳元を横切った。休憩中のギガノスの方へ向かって飛んでいく。いや、違う。芭蕉の花だ。
私は、巣を囲む芭蕉の木を見上げた。
「これ、芭蕉の一種の……地湧金蓮だわ」
「チユーキンレン?」
アルとムルジムも見に来る。私の身長だと、下から見上げるしかないから見えないけれど、柱状に伸びる太い茎の上に大人の頭くらいある金色の蓮のような花が咲いているはずだ。花びらに見えるのは大きな金色の苞で、その隙間に蜜をたっぷり含んだ小さな花が並ぶ。花畑が踏み荒らされても、ここには芭蕉の花があるから蜜蟲は困らないんだ。
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