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地図に有った、4か所の半分が空巣。新たにビハムの巣が1か所。状況はよろしくない。既にこちらではダニを見かけないのに関わらず、ギガノスは戻っていない。快適な縄張りとして一体何が足りないのだろうか。
今日は、ビハムに運んでもらって最終目的である輸送路に向かっていた。ムルジムが地図で位置を示し、アルがビハムに指示して問題の場所のだいぶ手前でおろしてもらう。
鬱蒼とした森の中に、僅かに轍を残して開けたスペースが奥に続いている。ムルジムは立ち止まって無言になった。路は草に覆われ、上からは蔦の類がぶら下がって視界を遮る。人の気配のなくなった路は、たちまち元の森に吞まれる。肉食爬虫類の気配に神経を尖らせながらゆっくりと歩みを進める。得物もない。香草もない。本当に丸腰状態だ。上空遙かに待機してくれているビハムだけが唯一のお守り。万が一、ここを縄張りにしている中型肉食爬虫類のアロが現れたら、木の上に逃げるしかない。
「ギガノス単体なら、こっちに興味すらねぇから大丈夫だ。アロに見つかる方がヤバい」
ここに来るまでにムルジムはそう言っていた。
しばらく草叢を進んでいたが、突然ぽっかりと空間が開けた。右手に緩やかな岩崖があるせいで背の高い木々に隙ができ、中央に燦燦と陽が当たっている。よく見ると、岩の間からチョロチョロと清水が湧いていた。
「雨が降ると、そこから水が噴水のように吹き出すんだ……」
ムルジムが淡々と言った。
アルは、陽だまりの中央まで行って、頭を垂れた。
ああ、ここが事故の現場なのか。
この路があっと言う間にぬかるんだ。重荷を負った荷台の車輪がぬかるみに捕られて身動きできなくなった。もともと森は湿気を含んでいる。苔の上は土が柔らかく、まるで絨毯を踏むような感触だ。ムルジムは鼻をひくつかせながら周囲を見回した。
「あれだけ必死に喧嘩していたのだから、この近辺に巣があると踏んだんだが……。崖の上か?」
緩やかとはいえ、とっかかりの少ない岩肌に、三人は顔を見合わせた。
「岩山をぐるりと回ってみるしかないんじゃないですか?」
こちらに振り向いたアルが、ボクは付き合いますよ、と笑顔で答えた。
地図で確認すると、どうやら東から回ると崖の上まであがれそうだった。背の高い草叢に入り岩崖沿いに歩みを進める。ムルジムは先程から何度も首をかしげて、辺りをキョロキョロ見回していた。
「どうかしたんですか?」
「あ……いや」
どうにも歯切れが悪い。確信がないので言葉に出来ないだけなのかもしれない。私は、ムルジムから言い出すまで待つことにした。
どのくらい歩いただろうか。岩山が思ったより大きいのでずっと同じところをぐるぐると歩いているような気さえする。草露で服が湿ってくる。
ふと幽かに甘い香りを感じて、鼻をひくつかせる。先頭に居たムルジムが、ビハムのとこにあるやつだな、と呟いた。雨で崩れたっぽい瓦礫のまわりを迂回して反対に出ると、そこは芭蕉の群生だった。
「わぁ……地湧金蓮だ」
頭上高く緑の大きな葉の隙間から、たくさんの金の蓮が見え隠れする。小さく羽蟲の音が聞こえる。
多分これは蜜蟲だ。
「……んだよ。ラバーナムに上がらなくても下りりゃこんな天国があったんじゃないか、なあ?」
避役のことを言っているんだ。避役が食べる蟲も、好物の蜜もここにはありそうだ。私はムルジムに頷いた。
「あの先に見えるの、何でしょうか」
伸びあがったアルが、芭蕉の葉陰から見える白いものを指さした。白い棒のようなものがいくつも並んでいるように見えた。人工物ではなさそうだけど……。
三人で芭蕉の間の草をかき分けて進んでいく。近付くと結構大きい。そして膨らむ嫌な予感……。先を行くムルジムが手を上げてストップの合図をした。そこは、大きく穿った穴のふちだった。
「こ、これは……一体」」
「この大きさ、ギガノス……ですよね」
穴の中には、大きな翼竜種の骨が積み重なっていた。この量、一体ではきかない。自然ではどう考えてもこんなことは起こりようがない。誰かが、ギガノスを狩ったのだ。
「ファウンテンのヤツら、……何考えてやがるんだ」
ムルジムは吐き捨てるように言った。
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