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翌日朝早く、アルと私はベネトの家に出向き扉を叩いた。フルドやメイサ、ムルジムのことを思うとじっとなんかしていられなかったのだ。
「皮肉なもんですよね。今回ばかりはボクらが未成年だから、あっちは手を出せないんですから」
早く一人前になりたい気持ちは人一倍なのに、ギリギリ子どもだから自由に動ける。ホントに、皮肉としか言いようがない。
「ダニのこと調べてるって、正直に言ったはずなのにね」
中から応答がある間、私はベネトに何と言って皆の開放を頼めばいいのだろうと思案していた。そもそも「怪しい動き」と判断した理由も分からない。何を隠しているのかも何を危惧しているのかも全然分からないのだから。
「あら、いらっしゃい。来ると思ってたわ」
扉を開けたベネトは、取り繕う様子もなく不敵な笑みを浮かべて私たちを迎えた。
「ムルジム? から聞いたわ。随分森の奥まで行ったのね。ギガノスを呼び出す笛を手に入れるまでもなくギガノスが大分減っているって」
「ですね。なんでギガノス狩りなんて……」
私の呟きに、部屋の奥に案内しながらベネトが答えた。
「早急にあの輸送路を再開する必要があったのよ。ジャカランダ側に打診したけれど、良い返事は得られなかった。『まずギガノスが縄張りを替えた原因を探らなくては』って、ジャカランダの旅団組合は小規模旅団に切り替え、原因が判明するまであの輸送路は使わないと言ってきた。そんな悠長な事……」
「場所的にファウンテンの方が近いんだから、ファウンテンが原因を調査すればよかったじゃないですか」
アルの言葉に、ベネトは僅かに眉間に皺を寄せた。以前案内された部屋に通されると、椅子に掛けるように促される。
「お茶でもいかが? ……だいじょぶよ、何も仕込んだりしないわ」
私とアルは目配せしあうと椅子に座った。ベネトは、奥からハーブティを入れたティーポットとカップを人数分持ってくる。例の酸味の強いヤツだ。
「仕方がないじゃない。ギガノスを始めとする翼竜種の専門家だったシュルマを追放してしまったのだから、調査しようにも糸口すら分からないのよ? 物理的に駆除する方が手っ取り早かったわ」
「ボクの母の安否は……」
「ギガノスを駆除する方針に切り替えたところで、捜索は諦めたわ。あなたからシュルマの死を聞かされて残念に思ったのは本当よ。シュルマが学び舎の同期だったことは事実だもの。……はい、どうぞ」
湯気の立ったティーカップを目の前に押し出される。私はカップを手に取り、ベネトに視線を向けた。
「どうして、輸送路の再開をそんなに急いだのですか?」
ベネトは口元を歪めると、溜息をついてカップに視線を落とした。
「……まあ、貴方たちは商人じゃないものね。いいわ。……ファウンテンの食料事情は流通が細くなった所為で困ったことになっているのよ」
「困ったこと? ネズミは駆除しまくっていなくなったんだから、困ることは無いんじゃないですか?」
アルがつっけんどんに返す。ベネトはチラリと上目を向けた。
「多分、原因はそれだと……フルドから聞いたわ」
「農産物を栽培する上で困ったことになったんですね」
私には思い当たる節があった。蜜蟲の、蜜を集める以外の大切な役割のことだ。
「え? 市場には普通に農作物が出回っていたけれど?」
アルが腑に落ちない顔で私を見る。うん。収穫は出来るんだ。でも……
「農作物のほとんどは、他家受粉と言って同種他家の花粉で受粉しないと結実しないの。ネズミが居なくなって、爬虫類が居なくなって、羽蟲が消えて、蜜蟲がいない……となると他家受粉を手伝ってきたモノがいなくなったってこと。そうすると、作物が結実しなくなるでしょ? 翌年植える農作物の採種量が減ったってこと……なんだと思うのですが、違いますか?」
ベネトを見ると、力なく苦笑していた。
「さすがは、ラバーナムの蟲使い。我々は、それに気が付くまで随分と時間がかかりすぎたわ」
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