代償と取引

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 マジかー。  目の前に置かれている私の双剣。新調した防具。視界の端でムルジムが大太刀の刃をチェックしている。アルがビハムに乗ってジャカランダまでを往復し、たった一日で回収してきてくれた。余りの速さにびっくりだ。久しぶりに双剣に触れ、刃の輝きを確認する。  避役狩り……かぁ。  ラバーナムを離れて1年くらい経ったか。今、コミュニティがどうなっているのか想像もつかない。ファウンテンにとって、あそこは周辺に点在する獣人族コミュニティの一つに過ぎないからなぁ。他の居住区との交易と言っても、コミュニティの者がパナセイアや花の蜜を持って売りに行き、その代金で商品を仕入れて帰ってくるという、すこぶる地味で単純明快なものだ。 「ここからラバーナムまではどれくらいだ?」 「途中の橋とかが生きていれば、ですが、朝出立して夕方には着きます」 「なるほど……。じゃぁ、明朝出るか」  ムルジムは買い物へ行く約束を取りつけるくらいに気安く受け答えをする。避役は、確かチャプレット周辺にしかいない。ムルジムは見たことすら無いはずだ。 「ムルジムさん、蜂に刺されたことはありますか?」 「ん? ジガバチとかか?」 「ジガバチ……ではなく、兵隊蜂です」  ムルジムは動きを止めて、ちょっとの間思案した。 「土地方言で『ホーネット』とか『アビスパ』とか言われてる奴のことか? ちょいとデカくて、何度も毒針で刺してくる奴」 「それ……かな? 黒黄の警戒色も派手な蜂で、襲う前にカチカチという警告音を出します」 「ああ。やっぱりそうだな。俺は刺されたことは無いが」 「避役は、それも巣ごと食べるんです。で、毒を取り込んで自分の蹴爪(けづめ)から分泌します。狩りの最中に蹴爪で蹴られると、かすり傷程度の大した傷でなくても傷口から毒が回って喉が腫れあがり……窒息死します」 「窒息か……嫌な死に方だな。毒系は面倒だ。動き回っているとすぐまわる。唾液は大丈夫か? 確か、舌がデカいんだろ?」 「あー、唾液には毒は有りません。ただ、デカい分、舌の威力は鈍器並みですけどね。図体は、ディロより大きいですよ。オマケに、アロみたいに数匹で群れています」 「ふむ。見上げるようなのが群れてるのか……。そりゃ面倒だな。あっちにはハンターは居ないんだろう? これは……助っ人を取りつけておくべきだな」   ムルジムは頭を掻くと、やれやれと溜息をついた。そこへ、部屋の扉をノックしてアルが入ってきた。 「あっちへは、いつ行くんですか?」 「ムルジムさんは、明朝って……」 「……随分早いんですね」  アルは思案中のムルジムを見た。アルの母シュルマは、やはり自宅にビハムを呼び出して台地の調査をしていたらしい。今回、自宅廃墟前でアルが『呼ぶ』笛を吹くと、ややあってからビハムがやってきたそうだ。ビハムに乗ってジャカランダ付近の輸送路まで飛び、そこから徒歩でシェアハウスまで行き、武器と装備をハマスに手伝ってもらってビハムの待つ輸送路まで運び出し、ファウンテンに戻る、という経路で回収して来てくれた。 「ボクも、一緒にラバーナムに行きますよ」  何気なくアルがムルジムに声を掛けると、ムルジムは思案するポーズは崩すことなく、否、と短く返事をした。アルにとっては予想外の返事だったのか、不機嫌な表情を隠すことなく口を尖らせた。 「どうしてですか?」 「今回は『狩り』に行くんだ。調査じゃない。丸腰の坊ちゃんは連れてけねぇよ。アルにはここに残ってもらって、大事な役割を果たしてもらおう」 「大事な役割?」  アルと私は顔を見合わせた。 「避役の顛末も、遠因はファウンテンだからな。責任取れと言ったら、断れんだろう」  ムルジムはニヤリと笑った。 「議会と話をつけてくる。ファウンテンのハンターに助っ人になってもらおう」  
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