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コミュニティの手前の谷にかかる橋は落ちていた。いや、落としていたと言った方が正解だな。対岸のコミュニティ側の橋の釣り縄が切り落とされている。私が、コミュニティを出た後の仕事だ。多分、何かがあったんだな、と気分が沈んだ。
「さて、ここはどうする?」
隣に立ったムルジムが私を見下ろした。
「迂回路があるので、そっちを行きます。木の上を渡ることになりますけど、大丈夫ですか?」
「俺が木に登れるかって? ま、嬢ちゃんみたいな便利な爪はないけどな。大丈夫だと思うぜ。問題は、俺の体重で木がへし折れないかってことだ」
あー、それは考えてなかったなぁ。でも、父や母が渡っていたのだから大丈夫だろう。私は周囲の木々を見回して、「印」が残っているかどうか探した。
木の上に張り巡らされてた「印」を頼りに、無事谷を渡り切った。印は、ルートの目印であると同時に、体重を預けられる強度があることを意味している。下が危険な時の回避ルートとして確保してあるのだ。
「印」は手入れされた跡がある。ってことは、コミュニティが壊滅したわけではないんだよなぁ。でも、この気配の薄さはどういうわけだろうか。竈の煙すら見えない。後ろをついていたムルジムが鼻をひくつかせた。
「この先にコミュニティがあるんだよな?」
「そう……なんですけど……ヒトの気配がないですよね」
「ふむ……」
下草を踏み分けながら、コミュニティ入口への路をたどっていくと、要塞のように張り巡らせた塀と門が見えてきた。門は、何故だか半開きになっている。はやる気持ちをおさえられず、足早に門へ駆け寄った。足元にびっしり生えた草叢に大分長いことこのままであることを察する。そっと中を覗き込む。そこには見覚えのある光景が広がって居たが、全く人気は無く、生気の感じられない居住区は、くすんで色褪せて映った。避役に崩された屋根や壁はそのままだ。コミュニティの皆は、ここを捨てたのか? なら、今は何処にいるんだろう。
ムルジムと連れ立って、廃墟同様に変わり果てた居住区を何かしらの痕跡はないかと探りながら歩いていく。ふと、立てた耳が羽音を拾った。続いて、ある特徴的な匂いを嗅ぎ取る。これは……兵隊蜂だ!
顔を上げると、屋根の上に人影を認めた。
「あ……」
目が合った。見覚えのある猫頭獣人族だ。
「若頭! 若頭ですな!」
「あー……」
「若頭?」
ムルジムがキョトンとして私を見下ろす。
私を「若頭」と呼んだ猫頭獣人は、屋根から飛び降りるとこちらに駆け寄ってきた。兵隊蜂の群れを背負ったまま……。子どもの握りこぶし大の大きな蟲なだけに耳障りなバズりとカチカチという警告音が五月蠅いほどだ。ムルジムは鼻っ柱に皺を寄せて警戒色を露わにした。自然と、そうなるよね。私はムルジムに囁いた。
「大丈夫。こっちが指示を出さなければ蜂は襲ってこないから」
次に、猫頭獣人に向き直った。
「ただいま、ダビー。みんな、どこ行っちゃったの?」
「ここより更に崖上の砦に避難しております。避役は翼を持ちこそすれ空を飛べませんからな。ただ、全ての養蟲場を移すことができませんので、ここに残した蟲を守るために交替で巡回しております」
錆色の毛皮に緑の目を持つ猫頭獣人のダビーは、ハンターの技量も持つ蟲使い。箙には威嚇用の火矢を満載して携えている。
「よかった。蟲は全滅を免れたのね」
「……だからこそ、避役はここを去りませぬ。煩わしいことです」
ダビーは舌打ちして答えた。
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