クマのぬいぐるみになった奥さん

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クマのぬいぐるみになった奥さん

「ただいま〜」 残業で日付が変わるギリギリに帰ってきた僕は疲れ切った声で言った。 「おかえりなさ〜い!」 リビングから奥さんのいつもの明るい声が聞こえる。 「今日も疲れたな」と彼女に聞こえないように小さくため息をついて僕はリビングに向かった。 「あれ......?」 しかし、リビングに彼女の姿はない。 寝室のドアを開けて、真っ暗な部屋の明かりをつけたが彼女の姿は見当たらない。 リビングに戻って僕はもう一度部屋の中を見渡した。 「ここよ! ここ! 下!」 すぐ近くで彼女の声が聞こえ、視線を下に向けると、 「え!?」 そこには「どうしたの?」と可愛らしく首を傾げるクマのぬいぐるみが立っていた。 「え、ミキの声が......」 「ミキよ! 私!   気づいたらこの子になっていたの」 クマのぬいぐるみは少し恥ずかしそうに言った。 「残業のしすぎで疲れているのかな......」 と僕は思った。 「あ、ご飯あたためるね」 クマのぬいぐるみは当たり前のように、組み立てたダンボールの箱を移動させてその上に登って電子レンジの「あたため」のボタンを押した。 「えっと......ドッキリだよね?」 と僕が聞くと、 「ううん。現実だよ」 クマのぬいぐるみは僕の方をまっすぐ見つめた。   「私、人生で一度はクマのぬいぐるみになってみたかったのよね。夢が叶っちゃった」 とクマのぬいぐるみは「ふふふ」と無邪気に笑った。 そんなはずがない、そんな馬鹿げた話あるわけがない。 僕は慌ててズボンのポケットからスマホを取り出して、彼女に電話をかけた。 ぶるぶるぶると音がして、2人掛けのダイニングテーブルの上にある彼女のスマホが揺れた。 僕は落胆しながらそっと電話を切った。 これでは彼女がどこにいるかわからない。 「100歩、いや、1万歩譲ってこのクマがミキだとしてミキの身体はどこにあるの?」 僕はおそるおそる尋ねた。 「さあ......?」 クマのぬいぐるみは他人事のように興味なさそうに答えた。 「さあって! ミキはどこにいる?  なんでクマのぬいぐるみが動いてるの!?」 僕はその場にしゃがみ込んで頭を抱えた。 「落ち着いて、ユウちゃん」 クマのぬいぐるみはフワフワなその手で僕の頭をぽんぽんと優しく撫でた。 「別にいいじゃない、このままでも。  きっと、そのうち戻るわ」 大抵のことは気にしない彼女らしいおおらかな言葉、少し子供っぽい喋り方なのに不思議と安心する優しい声。 それは彼女そのものだった。 僕が仕事で疲れてため息を吐くと、彼女は「大丈夫だよ。どうにかなるよ」って柔らかいその手でぽんぽんと頭を撫でてくれた。 僕は彼女をじっと見つめた。 しゃがみこんだ僕とちょうど視線が合う、丸顔で愛嬌のあるクマのぬいぐるみ。 曇りのないつぶらな瞳。 頭ではクマのぬいぐるみがミキなわけがない、これは夢かなんかなんだって思いながらも、 僕の心が目の前にいるのはミキだって言っている。 「わかった。君が言っていることを信じるよ」 クマのぬいぐるみになったという彼女のその柔らかで丸い手をそっと握ると、いつもの優しい温もりが伝わってきた。
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