クマのぬいぐるみとレストラン

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クマのぬいぐるみとレストラン

「このクマがミキちゃんか〜」 白いコック帽を被った店の主人はじっとクマのぬいぐるみの顔を覗き込んだ。 「あら、可愛いわね」   店の主人の奥さんにそう言われて、彼女は少し嬉しそうに「ふふふ」と笑った。 「ミキちゃんのために美味しいご飯作るからな」 店の主人は、彼女の頭をポンポンと優しく撫でた。 「今日のメイン料理はなんだろうね」 彼女は明るく言った。 僕は今、クマのぬいぐるみとテーブルを挟んで向かい合わせに座って、フランス料理が出てくるのを待っている。 店のご夫婦は内心は、「この男は頭が可笑しくなったのか」と思っているかもしれないが、彼女が喜んでくれるのならそれでいい。 「わー、美味しそう」 料理が運ばれてくると、彼女が器用にナイフとフォークを使って口に運んだ。 「うまっ!」 彼女はそのつぶらな瞳をうるうるとさせた。 彼女は本当に美味しいものを食べたときに「美味しい!」じゃなくて「うまっ!」と短く弾むように言う。 「ねえ、キョウくんが私の誕生日にこの子をプレゼントしてくれたときのこと覚えてる?」 「うん、もちろん」 僕は目の前の彼女を見ながら頷いた。 それは僕と彼女が付き合い始めた日でもあった。 彼女がもうすぐ誕生日だと知った僕は、彼女をフレンチに誘った。 といってもその頃の僕は大学生だったし、バイトはしていたとはいえそんなにお金がなかったので、良心的な価格で雰囲気がよさそうなこの店を選んだ。  プレゼントは何にしよう。 やっぱり花束とか? と色々考えた。 大学から駅に向かう途中にある雑貨屋で彼女がクマのぬいぐるみを持ち上げて、「この子、愛嬌があってかわいいね」とうるうるした目で見つめていたのを思い出した。 僕は彼女にそのクマのぬいぐるみをプレゼントすることにした。 ぬいぐるみを見つめる彼女の横顔を見ながら、丸くて愛嬌のある顔が彼女に似ているな、と思っていた。 クマのぬいぐるみを受け取った彼女は、 「大事にする!」 と幼い子供のように喜んだ。 そして僕たちは付き合い始め、結婚し、彼女と僕とクマのぬいぐるみとは一緒に暮らすようになった。 「私、この子をもらったときすごく嬉しかったの。 抱きしめるとふわっとして、なんだか安心する。 その様子を優しく見てるキョウくんの顔も好き」 彼女はあの頃と変わらない可憐な笑みを僕に向けた。 「僕も好きだよ」 彼女は恥ずかしさを隠すように「ふふふ」と、はにかんだ。 「こうやってキョウくんと一緒に美味しいものを食べられるだけで私は幸せ」 そんな彼女を見ながら、 もしかしたら彼女はずっとクマのぬいぐるみのままなんじゃないだろうか、それでも彼女が傍にいてくれるならそれでいい、と僕は思った。 ——でも、タイムリミットのようなものがあって、それまでに彼女の体が見つからなかったら、クマのぬいぐるみの中の彼女も消えてしまうのではないか。 僕は常に不安と共にあった。 「あのね、私、行きたいところにがあるの」 黙り込んでしまった僕に彼女は話を切り出した。 もしかしたらその場所に彼女を戻すヒントがあるかもしれない。 「行こう」 僕は彼女を真っ直ぐ見つめて頷いた。  
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