クマのぬいぐるみとペットショップ

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クマのぬいぐるみとペットショップ

あれから、彼女の体がどこにあるか、どうしたら戻れるか、調べたり、チラシを作って配ったり、彼女と行ったことがある場所を探し回ったけれど、何の情報も得られなかった。 それでも僕はパーカーに彼女を入れて、毎日一緒に近所をあてもなく何時間も歩いた。 彼女がひょこっと現れたりしないかな、と小さな期待を抱いて。 彼女は川沿いの土手で散歩をしている犬を見つけるたびに、 「あ、犬がいるよ。なんて種類かな?」 とパーカーから顔を覗かせて嬉しそうに言った。 「あのペットショップに行きたいな」 ある日、いつものように散歩をしている犬を見つけた彼女が言った。 「「あの」って?」 「ほら、大学の近くの私たちが初めて話しをしたペットショップ」 「そうだね、行こう」 懐かしいな、と思った。 彼女と行ったことのある場所は探しに回ったはずだけど、そのペットショップのことは不思議と思い出すことはなかった。 でも、一度思い出すと、そこに行くべきだと思った。 僕は彼女と一緒にそこへと向かった。 大学の最寄り駅にある小さなペットショップ。 外から見えるショーウィンドウに茶色い小さな犬が目を閉じてすやすやと寝ていた。 「あの時の犬と似てるね」 彼女が声を潜めて言った。 僕は小さな胸を膨らませて引っ込ませ、ゆっくりと呼吸をする犬を見つめながら、 「ほんとそっくりだね」 と小さく頷いた。    大学生の僕は、講義室の隅でよく見かける彼女のことが気になっていた。 特段目立つ容姿でも、講義中に手を挙げて意見を言うわけでもなかったけれど、 その丸くて小さい顔で屈託なく笑う彼女が気になっていた。 でも、話しかけるきっかけもなく春は過ぎ、秋になり、冬が近づいていた。 そんなある日、大学から駅に向かう途中で彼女の姿を見つけた。 彼女は店の前で中をじっと見つめていた。 僕はそっと近寄って彼女の視線の先を見つめた。 それは小さな子犬だった。 生まれて数ヶ月の小さな体でゆっくりと呼吸をして、すやすやと眠っていた。 小さくすぎて、怖いなと思った。 彼女は僕に気づいて、 「可愛いよね。クマみたい」 と微笑んだ。 「いや、犬だけど」って思ったけど、僕は「うん」と小さく頷いた。 「同じ講義受けてるよね?」 彼女は言った。 「あ、うん、そうだっけ?」 と惚けたように言う僕に、 「あの先生、絶対カツラだと思う」 と彼女があまりに真面目な表情で言うので、僕は久しぶりに思いっきり笑った。 しばらくして、僕と彼女は同じ講義だった時は駅まで一緒に帰るようになった。 あの時に見た犬はなかなか飼い手が見つからないようで、日に日に体が大きくなり、他の犬とはしゃいだり、元気に喧嘩をしたりしていた。 ある日、2人で帰っていると、ペットショップから嬉しそうにダンボールを抱えて出てくる若い夫婦を見かけた。 すれ違い様にそっとダンボールの中を覗くと、あの犬が嬉しそうに尻尾を振っていた。 僕は立ち止まって「幸せになれよ」と心の中で祈った。 彼女も少し寂しさそうに、でも何かを確信するようにしっかり前を見据えて僕の隣に立っていた。 今、彼女はあの頃よりも僕の近くで、あの頃と同じよう眼差しで目の前の犬を見つめている。   それは何か覚悟をしているような目だと僕は一瞬思った。 「一度、裏に行こうね〜」 窓の向こうの定員さんがそう言って、ショーウィンドウの扉を開けた。 犬は先程まで寝ていたのが嘘のように元気に起き上がって、店員さんの手を擦り抜け、開いたままの扉から勢いよく飛び降りた。 そのまま偶然にも開いてしまった自動ドアを抜けて、子犬は道路へと元気よく駆けていく。 僕は慌てて犬を追いかける。無我夢中で周りの音が聞こえない。 道路に飛び出した犬にトラックが迫っているのが見え、 「危ない——!!」 僕が叫んだのと同時に、鼓膜が破れるような大きな音がその場に響いた。 目を開けると、すぐ目の前で荷台を積んだ大きなトラックがガードレールに突っ込んでいた。 そして、トラックの前に見慣れた女性が倒れ込んでいるのが見えた。 僕は一心不乱に、 彼女の元に駆け寄った。
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