プロローグ

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 その時、大勢の人が集うフロアのなかに、ガレベーラは目を留めた。 「今夜はトーロ夫人がいらっしゃってるわ」 「ああ、本当だ。珍しいな」 「殿下、御前失礼させて頂きますわ」  ガレベーラはたっぷりと(かさ)のあるドレスのスカートを翻す。 「本当にガレベーラはつれないなぁ。昔からだけど」 「トーロ夫人にどうしてもご挨拶申し上げたいのですわ。何卒、お許しを」 「あとで君の募金箱に気持ちばかりだが入れるように言っておく。けれど、相手には私からだということは言わなくていいから」 「殿下、ありがとうございます」  シャンデリアの輝きにも劣らぬ目映い笑顔を残して去っていく幼馴染の姫の背中をアルディウスは見送った。  幼いころ、母を亡くしたガレベーラは泣いてばかりで、アウディウスとグウィディウスはそんな姫を、喜ばせよう、笑わせようと必死に考えたものだ。 ――そしてそれはいつも弟の方が得意で、さらに弟は今もずっとガレベーラを笑顔にすることだけを考えている。  グウィディウスが留学などと言いただしたのは、おそらく兄に勝るものをも身に着けるためだとアルディウスは考えている。  順番ではどうしたって劣ってしまう第二王子という身分では、ガレベーラに見合わないと思ったのだろう。  身を立てるにも、昔からグウィディウスは剣術をあまり好まなかったから、武ではなく学の方を選んだ。さらに、第一王子ではけして叶えられない挑戦である『留学』を切り札とした。    ガレベーラは、家柄も完璧で、その容姿もこの中で一番といえる。人柄も朗らかで優しく、貴賤を問わず、奉仕活動にも熱心という非の打ちどころのない令嬢だ。  青々とした時期は過ぎたものの、今のガレベーラは成熟した余裕と魅力を兼ね備えるようになってきた。  引く手ならあまたにある。なんなら諸外国からも望まれる女性である。世が世なら格好の外交の駒になっただろう。  アウディウスはグウィディウスのためにも、ますます目を光らせておかねばと思う一方で、カトル家に大事に育てられている姫のことをそう心配していなかった。そうそう手出しできる身分でもない。  実際、アウディウスも、一介の令嬢の動向に割くような時間はほとんどない身だった。
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