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グウィディウスも使用人と一緒になってパン生地をこねていると、遅れて帰ってきたラナンが顔を見せた。
ラナンは今、騎士見習いとして騎士団に籍を置いている。
いずれは文官の試験を受けるつもりらしいが、やはり剣の腕も必要だと考えているらしい。
「兄上、針子組合からドレスが出来上がったと連絡があったので取りに行ってきました」
ガレベーラは、街の貧しい女性たちに針を教え、手に職をつけるための組合を作った。
ガレベーラやペルラ、そしてトーロ夫人をはじめ一部の良心的な貴族の着るドレスを作ってもらっている。
この度、グウィディウスはその組合の女性たちに婚礼衣装を縫ってもらったのだ。
出来上がったドレスを箱から出す。
「この衣装は着てくれるだろうか、僕の未来の妻は……。最近は、ドレスもまともに着ないからなぁ。この前など、やはり夜会ですら無駄な集まりだと言いだす始末で」
どんなに自由に暮らしてはいても、貴族の義務だと、夜会には渋々でも参加していたのだが。
「未来の妻……とは、ガレ姉様には妻になる旨の了承はすでに得ておられるということですか」
グウィディウス顔負けの美男子に成長したラナンが、冷ややかな視線を寄こしてくる。
「得ていないよ、悪かったな! じゃあ、僕の『婚約者』だ! この呼び名だったら間違いないだろう!?」
「婚約者……。元、はつけなくてもよろしいのですか」
「ラナン! お前、調子に乗るなよ! お前なんか弟でしかないんだからな!」
グウィディウスは近頃、ペルラに大人げないとよく言われていた。
二人が立派に成長をしていることは嬉しくもあり、寂しくもある。
「今度の夜会は参られると思いますよ。ペルラのデビュタントの日が近いので」
「そうか、ガレもペルラのためなら折れざるを得ないね。ペルラは貴族と結婚する気満々だからなぁ。ガレも少しは成り上がりとかを狙ってくれたらいいんだけど……。僕も一応王子なのに」
「それこそ、元王子でしょう。逆に、ガレを伴侶になさりたいのなら貴族でない方が有利かと。貴族を金づるとしか思っておられませんから」
「ただのたくましい姫だったはずが、今やすっかり商魂たくましい姫になってしまった……」
グウィディウスは、ふと思い出して苦笑した。
「……鼠喰い姫」
「かつて、そんなふうに呼ぶ人もいましたね」
まだ、ガレベーラの行方を探していたころ、ガレベーラは噂でさまざまに呼ばれていた。
「案外、美味ですよ」
「ねずみ? ラナン、食べたことあるのか? 本当に?」
「僕はあります」
ラナンは薄く、自嘲気味に笑った。
「でも、ガレはないと思います。……王都を出て、一人になってからのことはわかりませんが……」
グウィディウスは、ラナンの肩を抱いた。
「お前が、守ってくれたんだもんな」
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